「内海聡」医師の「うつみん(内海聡)のブログ」からのご紹介です。

 内海医師がここで語られている内容は、現代の日本人が盲目的になって感じ取れなくなってしまった、とても重要な感覚(自然感生命観)だと、私は思います。
 たぶん、現代の日本人の多くがこうした考え方を否定してしまうと思いますが、片や、こうした考え方をより深めつつある人たちも増えているように思います。

 私の母は、今年2017年、長年の不眠症を『長期断食』によって大きく改善しました(参照記事)。
 その母がまだ不眠症に苦しんでいる頃、私はよく母にこのような話をしていました。


    母さんが不眠症になっているのは、とても重要なことでもあるんだよ。
     よく考えてごらん。
     今、地球の人類は、今まで当たり前にあった諸々のものを失いつつあるんだよ。

     地球は、たった数十年前まで、きれいな空気、きれいな水、きれいな海が当たり前にあり、
     安全な食品が日々の暮らしの中に当たり前にあって、化学物質の汚染なんて まったく無かった。
     現代病も無く、癌さえ ほとんど無かったんだ。精神病も無く、当然、不眠症も無かった。

     でも、今の時代は、それらはことごとく失われてしまった‥。
     自然界が化学汚染され、空気も、水も、海も、汚されてしまったし、
     昔は当たり前だった「食の安全性」が今は崩壊し、人体を破壊する「危険な食品」が氾濫している。
     その結果、今の「病人だらけ」「癌だらけ」の社会が生み出されている。

     昔は、みんな、夜になれば当たり前に眠れる人ばかりだった。
     元気よく働き、みな、自分なりに活動し、精神的に病む人なんて ほとんどいなかった。

     ところが、今は、身体や心の健全性を失い、不眠症や精神病が激増し、
     ニートや引きこもりも激増、幼児や子供が死因トップで癌で死に、
     子供や若人が死因トップで自殺で死んでいるという、日本は緊急事態に入っているんだよ。
     日本はアメリカの奴隷国で、日本の政治は無茶苦茶に破壊されつつある。
     でも、多くの大人たちが、この危機的な事態にすら気づけない「アホ」になっている‥。

     昔の人は、夜になれば当たり前に眠っていた。母さんだって、昔はそうだった。
     でも、今の母さんは、本来は当たり前のはずの睡眠がまったくとれなくなっている異常な状態だよ。

     母さんは、ここに一体、何を観る?

     つまり、人間は「地球を破壊汚染して殺しにかかる」という異常な行動に出すぎて、
     その反動から、もはや、人間は正常に生きれなくなってきているんだよ。
     人間は自分たちの異常な行動が原因して、今まで当たり前にあったものを急速に失ってきているんだ。

     おそらく、母さんは不眠症を通して、そのことを教えられているんじゃないかな‥。
     それが、精神病の場合もあるし、うつであるの場合もあるし、または、アトピーや 癌の場合もある。
     肉体的な問題ではなく、ニートや 引きこもりのような精神的な問題である場合もあるし、
     ましてや、自殺のような最悪の問題である場合もある。
     日本の自殺者の実情は毎年10万人以上だからね‥、今は異常中の異常なんだ。

     昔は、今には無い苦労が多かったけれど、それでも、今のような異常は無かった。
     今はすごく便利な世の中になったけれど、昔には無かった異常な問題が多く発生し、
     昔は当たり前だった諸々のものが失われつつあるんだ‥。

     地球の人類は、ここに本気で気づかなければ、マジで滅んでしまうよ。
     これはすでに、世界中の科学者が正式に警響を鳴らしている事実なんだよ。
     こうやって危地に向かって急速に進んで行っている「人類の問題点」に気づけせるために、
     人それぞれに、その人なりの「課題」として病気が与えられているということもあるんじゃないかな。
     それが、母さんの場合は不眠症だったってことだよ。

     だから、母さんも不眠症を通して、何か大切なことに気づく必要があるんだと思うよ。
     不眠症になっている「正体」は、重要なことに気づくための「勉強材料」であって、
     不眠症を治すこと自体が重要であるわけではないんだよ。
     たぶん、母さんが大切なことに気づくまで、その不眠症は続くかもしれないね‥。



 私は母に、以上のような話をよくしていました。
 そして、今年、母は自分の限界を超えて『長期断食』を実行しましたが、断食中のある日、母は私に、


    お前の言っていたことの意味がようやく分かった‥。
     確かに、今の人たちは、おかしなことばかりだね‥。
     今まで分かってあげられなくて、ごめんなさいね‥、ごめんなさいね‥。



 と言って、泣きながら詫びてくれました。
 断食中に現われる「意識の純化先鋭化」の力も借りて、母は何か重要なことに気づいたようでした。

 そして、その後、『長期断食』を終えて、母の不眠症は自然と改善されていました。
 おそらく、母の心の中での大きな気づきが、母の不眠症の改善に影響してくれたのではないかと、私は思います。


 ここで、私は、癌患者のみなさんに質問したいです。
 今、日本は世界一の「化学物質大国」になり果てた結果、世界一の「癌大国」になりました。

 幼児子供が死因トップで癌で死んでいますが、なぜですか?
 今も癌患者は激増する一方であり、癌死亡者は激増の一途ですが、なぜですか?
 そして、あなたも癌になっていますが、なぜでしょうか?

 癌になったことを通して、「自分レベル」を超えて「全体レベル」で見つめ、今こそ、大人として気づかなければならない世の重大事があるのではないでしょうか‥。
 これは「スピリチュアル ゴッコ」や「宗教ゴッコ」ではなく、今、日本に現実としてある事実のはずです。
 こういう本質も、癌患者として見つめる時期に入っているのではないかと、私は強く思うのです。


 私は、内海聡医師が当記事で仰られていることがよく理解できますし、この考え方に大賛成です。
 みなさんにも、当記事を通して、何か感じ取って頂けたらと思います。
 よろしくお願いします m(__)m



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内海聡医師は、当記事の中で「神がいるなら会ってみたいものだ」と言われています。
  神様はいますし、神様は「実在の存在」です。これは、昔の日本人は普通に感得しているものが多くいましたし、外国では「神を信じていない」と言えば「キチガイ扱い」を受けるものです。

  実は、神様の存在性は「細菌」と非常に似ているところがあります。
 神様と細菌は「似ている存在」であり、共に実在していながら「人間の肉眼ではまったく見えない」のす。
  細菌の存在があって初めて、植物も、動物も、人間も生きることができます。
  つまり、細菌が実在していなければ、植物も、動物も、人間も、少しも生きることはできません。
  これと同様、神様の存在があって、神様の働きがあって初めて、この世は絶妙なバランスを維持して存在することができ、宇宙や 天体や 自然や 植物や 動物や 人間という存在が「在る」のです。

  科学が細菌の存在を理解することができるようになったのは、高度な顕微鏡によって目で観察できるようになったからです。つまり、今まで目に見えなかった細菌の存在と躍動を科学的に観察できるようになったからです。
  これと同様、おそらく、この先、人類は、神様の存在と躍動を科学的に観察し、目で確認することができるようにになり、そこで初めて「神様の存在を科学的に理解する」ことになるでしょう。

  神様と細菌は「似ている存在」です。極大が神様であり、極小が細菌です。
  神様と細菌は、共に「人間の目に見えない」存在であり、そして、共に「その存在があって初めて、すべての生命現象が成り立つ」という、この世の生命現象に「不可欠なる存在」です。
  神様の実在とは「スピリチュアル ゴッコ」や「宗教ゴッコ」ではなく、天才的な「アイザック・ニュートン」や「アルベルト・アインシュタイン」博士も喝破していたことです。ただ、それだけの話です。

  ちなみに、神様に会うのは無理です。
  人間が神様に会おうとするのは、人間とは「存在する次元」がかけ離れているため、まず絶対に無理です。
  これは、人間が細菌のひとつを目で直接見ようとすることと同じです。
  神様は「会える存在」ではなく、意識や感覚、理解によって「感得する(感応する)存在」です。
  もしかしたら怒られちゃうかもしれませんが、内海先生、分かりましたか?

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 病気になるということ
 【「うつみん(内海聡)のブログ」(内海聡医師)より 】



 神がいるなら会ってみたいものだ。

 私のところには様々な病気の人が来て、治る人もいれば、治らない人もいる。
 それは「食事法」や「健康食品」などという単純なレベルではなく、方々(ほうぼう)を巡ってから うちに来て、
 良い結果が出る場合もあれば、やはり、他と違う方法論をとってもダメで、悪い結果になる場合もある。
 「精神療法」をやったから必ず良くなるわけでもないし、何もしなくても改善する人さえいる。

 
こういうことを ずっと たくさんやっていると、宗教嫌いな私でも「宗教的な感覚」が浮かぶことがある。
 この病気には、社会毒も、放射能も、精神性さえも飛び越えて、
 何かしら「別の意味」があるのではないか、という考えである。
 もし、神か何かがいるのであれば、病気とは「神が与えた課題」であって、
 それは非常に「複雑」かつ「深い意図」を持って与えられている、という感覚である。

 私は「宿命」や「運命」や「天命」という言葉が嫌いである。
 大きな目的意識を持つことは重要だが、
 この言葉たちにしてしまうと「自己決断」ではなく、「決められている」という感覚が強くなるからだ。
 それは、人生であっても、治療であっても、良くないことだと、私は思う。
 しかし、前述した立場に立てば、病気になることは一つの「天命」であって、
 病気による多大な負荷さえも「必然的な課題」と思えてくる。

 「臨死体験」や「生まれ変わり」には法則があるということは、
 思い込みではなく、科学的にも 統計的にも「証明された事実」である。
 しかし、その解釈は既存の宗教学や哲学では「到底説明できない」ことを、
 私は『魂も死ぬ』の著作の中で示してきた。




 しかし、この法則性が「神の摂理」であるならば、病気というものもまた「神の摂理」の体現であり、
 それは「外的要因」でも「自分がつくり出したもの」でさえもないという考え方は成立し得るだろう。

 我々は、あまりに「無知」で、あまりに幼く、スピやヒーラーや宗教者などが訴えることに真実などありようもない。
 ただ、現場を見ていて、死や現実をつきつけられ続けられれば、
 そこにどんな「意味」があり、どんな「意図」があるのか、を感じざるを得ない。

 私は、神ではなく、殉教者でもなく、預言者でもない。
 しかし、自己中心的に言うならば、
 患者という存在は、その神とやらの「意図」を教えるために、私のところに出向いて来るのかもしれない。




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内海聡 医師