これは『西式健康法』創始者の「西勝造」先生が昭和24年(1950年)に著わされた『原本・西式健康読本』と、翌年の昭和25年(1950年)に著わされた『西医学健康原理実践宝典』からの抜粋です。
 『原本・西式健康読本』のほうは2003年に発刊された「新版」を使用しています。
 両書の抜粋部分は、ほぼ「同様の内容」です。
 共に「良くなる、能くなる、善くなる」という『観念』『信念』を持つことの大切さが説かれています。

 続いて、伯家神道の秘儀継承者「七沢賢治」さんの『言霊設計学』の抜粋をご紹介します。
 こちらは『言霊』に関する簡単な説明の部分です。

 共に短い抜粋ですが、ぜひご参考になられてみてください。よろしくお願いします m(__)m


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西勝造(背腹運動の実演



 「エミール・クーエ薬剤師催眠療法の第一人者自己暗示法の創始者)」も、上記の「西勝造」先生が伝えた「良くなる、能くなる、善くなる」に重なる、次の言葉を提唱していました。


    毎日、あらゆる面で、私は、ますます、よくなっている(よくなってゆく)。
    Day by day, in every way, I 'm getting better and better. 〔英語


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エミール・クーエ


   



 さらに「斎藤一人」さんも、上記2例に重なる「これで、よくなる。 だから、よくなる。 さらに、よくなる。」という、次の言葉を勧めています。こちらは「よくなる」に3種類の「接続詞」がブレンドされています。


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これで、よくなる。 だから、よくなる。 さらに、よくなる。


 どうやら、「よくなる良くなる能くなる善くなる)」「よくなっているよくなってゆく)」という単純な(子供でも分かるような)『言霊』に意義があるようですが、みなさんはどう思いますか?

 「プラシーボ効果placebo effect)」は、医学の臨床では科学的に「30~40%」もの割合で実在することが認められています。これにつきましては、次の記事を参照されてください。


   「プラシーボ効果」だけでも「30~40%」もの人の症状が改善する!
    「思い込み」を決して甘く見てはいけない! 物理的に最善を尽くしてから『精神作用』まで活かす!



 この『観念』『信念』という『精神的作用は、決して甘く見るべきではありません。
 こういった『精神的作用』の力を馬鹿にするよりも、必ず、味方に付けましょう!
 そのほうが科学的にお得(お徳)なのです♪


 これはとっても「簡単なこと」ですから、ぜひ、みなさんも「口遊んで」みては如何でしょうか♪

    良くなる、能くなる、善くなる。
    毎日、あらゆる面で、私は、ますます、よくなっている(よくなってゆく)。
    これで、よくなる。 だから、よくなる。 さらに、よくなる。

 この「シンプルな奥深さ」は『潜在意識』の真実と価値を見抜いた人物がたどり着く境地です。
 馬鹿にせず、素直な心持ちになって、日々、楽しく実践してみてくださいね!
 よろしくお願いします m(__)m


西勝造」先生が提唱された「良くなる、能くなる、善くなる」は『言霊』として唱えるものではなく、背腹運動で「左右揺振(さゆうようしん)」を行なうときに思い、念ずるものです。
 しかし、私はこの「良くなる、能くなる、善くなる」を『言霊』として捉え、声に発して唱えることで『言霊』として活用するのが良いと思っています。それは『言霊』は『音霊』としての作用もあるからです。耳を通して自分の脳も反応します。

 「エミール・クーエ」や「斎藤一人」さんの場合は「よくなる」という『言葉』を選んでいますが、これはおそらく「良くなる」という内訳でしょう。
 エミール・クーエのほうは和訳であり、英語訳では「better and better」という単語が使われていますので、その和訳としては「ますます良くなっている」が当てはまるでしょう。
 いずれにしても、このお二人の場合は「良くなる」という意味で使われているのだと思います。そして、その矛先は、あくまで「自分」に対するものでしょう。「自分が良くなる」ということです。

 しかし西勝造」先生の場合には「良くなる」の他にも「能くなる」「善くなる」が同時に含まれており、これは「観世音菩薩の教理」の中の『常住坐臥、良くなると思い、能くなると念じ、善くなると信ずること』から採用したようですが、これを選んでいるところが「西勝造」先生のセンスの良さだと思います。おそらく、これは「自分だけの範囲にとどまらず、自分以外にも向かっている」仏性の意識から来るものだと感じます。
 「西勝造」先生の弟子である 甲田光雄先生は「病気を治したあと、自分が何をするかが大切だ」と言われており、これは「病気を治すことだけに終始するのではなく、病気を治すことから何かを学び、病気を治したあとに、自分がどういう人生を歩むかが重要なんだ」と言われていたのです。
 おそらく「西勝造」先生が「」だけでなく「」「」にまで帰着されたのは、自分の心身の病気が「良くなる改善する」ことだけを望むのではなく、同時に「能くなる能を得る」と「善くなる道徳を身に付ける)」まで進んでほしいという思いがあったのだと感じるのです。
 そして、これは自分だけにとどまるのではなく、家族に、身内に、友人に、周りの人々にも、さらに、自分が暮らす地域、国、世界、もっと進めば、世に対して貢献できる「自分づくり自己の創造)」をも兼ね備えてほしいという思いがあったのではないかと思います。

 それに、よく考えてみてください。自分の心身の病気を治すためには、現代医学や現代医療に頼ったって何も治りはしないのは、今では多くの人たちが気づいていることでしょう。
 では、自分の心身の病気を治すためには一体どうしたら良いのかと言えば、一般的な医療機関〔医療の専門家〕に頼ってもダメなのですから、やはり『自分で「本物の医療」を見出すしかない』のです。その「本物の医療」こそが『食事療法』をはじめとする『自然療法』や『民間療法』などですが、自分に最適な「本物の医療」を知り、学び、取り入れて活かすには、広く様々な情報を調べ、その中から吟味してよく考えて『自己判断』し、実践していく中で自分に適合するように工夫をしていく‥、また、たった1つの療法にこだわるのではなく、価値ある療法をいろいろと組み合わせて併用して行なう‥、こうして、自分に合う『自己療法』を「自力で」見出してたどり着く‥、これは「能力」の無い人では無理なわけです。「能力」が有ればこそ、この過程を歩めます。
 それに、この世には「同気同質類同法則)」の仕組みがあり、同類が引き寄せ合い、同類が出会うため、自分が「本当に良質な医療本物の良質な医療)」に出会い、身に付けるためには、それと同じ「道徳的な良質性)」が自分に無いと、どうしても「本物」との縁〔えにし〕が自然的に発生しないのです。不道徳な人〔不善な人〕は、やはり「本物」には出会えないと思います。甲田光雄先生も「陰徳が無い人は、病気が治らなかった」と打ち明けていますが、私はその通りだと思います。
 つまり、本当に自分の病気を治すためには、自分の心身の病気が「良くなる改善する」ことだけを望むのではなく、同時に「能くなる能を得る」と「善くなる道徳を身に付ける)」まで意識下に置き、そして、自ら習得する必要もあるのです。

 また、これは何も「自分だけ」を対象とする必要はなく、自分以外の「すべて」を対象にしても良いのです。
 つまり「良くなる」のも「能くなる」のも「善くなる」のも、「自分だけ」でなく、自分を含めた「すべての人」を対象にし、もっと広がれば「すべての事象」を対象にするところまで進みます。
 それに、脳は本当は「主語が認識できない」そうです。自分以外の人や事象に対して「良くなる」と言ったときであっても、脳は実は「主語が認識できない」ので、人や事象に対して発せられた「良くなる」の中に自然と「自分も内包されている」のです。
 ですから、この逆の「悪い言葉」は怖いです。いつも「人の悪口を言っている」「悪い言葉を使っている」ような人は、自分以外を「罵倒」して「悪口」を叩いているようでいても、実は、脳が「主語が認識できない」ため、その「罵倒」や「悪口」の中に「自分も含まれている」わけです。
 今では、多くの著名な方々が『良い言葉を使いましょう!』とか『プラス言葉を使いましょう!』など様々な著書を著わしており、これは「良い言葉を使うと良い出来事が起こる」的なものではありますが、これが世間でも多くの人たちに受け入れられています。実際に、その実践によって、その通りの良い体験をしている人が多いからです。
 「良い言葉」や「プラス言葉」を使っていると、それを脳は認識し、『潜在意識』も働いて現象させるでしょう。
 逆に、いつも「悪い言葉」や「マイナス言葉」を使っていると、それが例え、自分以外の人や事象に発した言葉であっても、脳はそれを「自分をも含めて認識してしまう」ため、それが蓄積し、自分の身に悪い現象やマイナス現象が起動して起こるのでしょう。

 次のような著書があります。「人相」や「手相」と同様に、言葉にも『』がある、と説かれています。
 言葉にも『人間の「人生の現象面」に関与しているもの』がある!
 人間にとっては、言葉も「重要な道具」であることを忘れてはなりません。
 この言葉という「貴重な道具」を、どう使うか、どう活かすは、本当に自分次第です〔唖(おし)の方が苦労しているのを見れば、言葉がどれほど 重要 貴重 であるかが分かりますよね! ちなみに、言葉は一切無料です♪〕。
 この『言葉相』というのは「言葉の性質」を明瞭に表現した非常に優秀なものだと思います。


 私は以上の如く感じるゆえに、個人的には「エミール・クーエ」や「斎藤一人」さんの「自分が良くなる」だけでなく、「西勝造」先生の選ばれた「良くなる改善する」&「能くなる能有能に成る」&「善くなる道徳者と成る)」を、自分に対してだけでなく、自分を含めた〔内包した〕「すべての存在」を対象にして『言霊』として活かすことが良いと思います。
 自他ともに「すべてが良くなる世のすべてが改善する」&「すべてが能くなる世のすべてが有能に成る」&「すべてが善くなる世のすべてが道徳者に成る」が最善だと思います。私としてはそのほうが良いと思いますが、みなさんは、どう思われますか?
 この「良くなる改善する」&「能くなる能有能に成る」&「善くなる道徳者と成る)」は、自分の意識の持ち方と使い方で、自分を飛び越えて無限に広がっていくものです。

 また、この「良くなる改善する」&「能くなる能有能に成る」&「善くなる道徳者と成る)」は、本当は自分以外を対象にしたとき、真価を発揮する「精神」だと思います。
 自分以外に対して「良くなれ!改善」&「能くなれ!能力成長」&「善くなれ!人格成長)」と望んであげる「思い)」は、当然、自分に対してもそうですけれど、我が子に対してもそうですし、友人や周りの方々に対してもそうですし、もっと言えば、自然界や地球に対してもそうなのです。
 この「思い)」がある人こそ、人を真に育てることができる、そして、廻り回って、自分を真に育てることができる人だと思います。子育てに日々奮闘しているお母さん、また、人を育てる仕事をしている教育者の方ならば、これは経験的に理解できることではないでしょうか。

 私は上記で「自然界や地球に対しても」と添えましたが、中には「それは言い過ぎじゃないか‥」と思われた方もおられるでしょうけれど、これはとんでもない‥、私たちは自然界や地球に対してこそ、地球の人類の一員として、この「思い)」を常に持つべきです。
 なぜならば、人類は周知の通り、地球環境を
破壊し続け、地球を殺しにかかっている事実があるわけで、このような所業を平気で行なえるのは、自然界や地球に対するこの「思い)」が無い人間が地球に多いからでしょう‥。
 今や、地球はもう、科学的に見ても「回復が不可能な臨界点を超えてしまった」と科学者が判断しています。人類は確実に「滅亡の道」を歩んでいるということです。
 この視点に立って考えたとき、私たち人間が自然界や地球に対して「良くなれ!改善」という「思い)」を持ってあげないと、地球の人類は自分で自分の首を絞め続けて「自滅する日」が必ず来ます。そう思いませんか?
 このことをしっかりと理解する上でも、やはり「能くなる能有能に成る」と「善くなる道徳者と成る)」が絶対に必要でしょう。世の多くの業界が地球環境を破壊することに関与していますから、なおさら、自然界や地球に対して、この「精神」を深く持って仕事に就ける人たちが増えてくれることが重要だと思えてなりません。

 こうして考えれていけば、この「良くなる改善する」&「能くなる能有能に成る」&「善くなる道徳者と成る)」が行き着くところは、個人を超えて「すべてを救う」ための「重要な羅針盤」となる深奥なる「精神」を宿しているのかもしれませんね。私はそう思っています。

 当然、持病のある人、悩みのある人は、まずは、自分に対して真剣にこの「良くなる改善する」&「能くなる能有能に成る」&「善くなる道徳者と成る)」を『言霊』と共に『言霊』に乗せて向けてあげてほしいと思います。そして、少しずつでも、この「精神」と「思い)」を 周りの存在 へと広げていってほしいと思います。本当は、同時進行が良いです。この『言霊』を通して、この『言霊』を入り口にして、気づけることがたくさんあると思いますよ♪ この『言霊』が、みなさんにとっても 意義ある存在 になってくれることを願っています m(__)m

 なお、伯家神道の秘儀継承者「七沢賢治」さんの『言霊設計学』から『言霊』に関する説明の抜粋をご紹介させて頂いていますのは、この『言霊』の説明から、みなさんにも言葉について感じ方を深めて頂きたかったからです 



西医学健康原理実践宝典』のほうは、アマゾンでは扱っていません。
 この著書をお求めの方は『山田健康センター』さんの「商品詳細:西医学健康原理実践宝典」から購入できます。
 私も持っていますが、とっても「ちっちゃい本」ですけど、西医学の概念の全体像が把握できます。

    西医学健康原理実践宝典 販売価格 1,852円税込

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原本・西式健康読本
健康双書ワイド版 ― 食と健康の古典


西勝造(著) 農山漁村文化協会 ワイド版 2003年刊




 健康読本

 十三.背腹運動について  . 良くなると思う 〔P194~195

 我々が「左右揺振さゆうようしん)」を行ない、腹部の運動を同時に行なうときは、
 交感神経も 迷走神経も 各々百%に働き、相拮抗して、
 我々の心身が、プラス百、マイナス百、イコール零(ゼロ)の「中和の状態」になるときは、
 ( 我々の心身が、「プラス 100」+「マイナス 100」= 0 、の「中和の状態」になるときは、
 暗示の最もよく効くときである。

 このときに「良くなる、能くなる、善くなる」と思い、念じ、信ずることは、
 不良が良くなることであり、能力者となることであり、道徳的に善くなることを念ずることである。

 これを西医学における精神分析法から言えば、
 思うこと、念ずること、即ち、その観念が、動物性神経系統の意識中に入り、
 これが更に交感神経と迷走神経との拮抗状態にある植物性神経系統に働きかけるとき、
 その観念が生理的心理的効験として、実際に顕現して来るのであって、
 これは米国心理学者「シー・エー・ホール」氏の格言からも、
 また、いわゆる、観世音菩薩の教理からも理解されるところである。

  常住坐臥、良くなると思い、能くなると念じ、善くなると信ずること

 ゆえに、我々は常に不吉のことを考えず、言わず、
 常住坐臥、前途に光明を見て生活するところに、
 健康長寿、生成発展の幸福を享有することができるのである。



    良くなる(よくなる 不良が良くなる
     能くなる(よくなる 能力者となる
     善くなる(よくなる 道徳的に善くなる






西医学健康原理実践宝典

西勝造(著) 西会本部 1950年刊




 第二編 実践各論

 (六)背腹運動  . 良くなると思う 〔P64~65

 常住坐臥、良くなると思い、能くなると念じ、善くなると信ずること

 我々が体液的にも、神経的にも中庸状態にある時、「良くなる、能くなる、善くなる」と思うことは、
 不良が良くなることであり、能力者となることであり、道徳的に善くなることを念ずることである。

 西医学の精神分析法からこれを解明すれば、
 思うことや 念ずること、即ち、その信念が、動物性神経系統の意識の中に入り、
 これが更に交感神経と迷走神経の拮抗状態にある植物性神経系統に働きかけて、
 その結果、最初の信念が生理的結果として具現して来るのであって、
 これは所謂、観世音菩薩の教理からも、又は 進歩せる心理学の理論からも理解されるところである。



    良くなる(よくなる 不良が良くなる
     能くなる(よくなる 能力者となる
     善くなる(よくなる 道徳的に善くなる


 (上述の通り、この『西医学健康原理実践宝典』は、アマゾンでは扱っていません。
  ご希望の方は「商品詳細:西医学健康原理実践宝典」にてお求めになってくださいブログ管理人





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2020年「新世界システム実現」のための 言霊設計学
言霊・数霊・音霊・形霊による自己と世界の設計/《日本語族》の時代が始まります


七沢賢治(著) ヒカルランド 2012年刊




 第2章 日本語の言霊による 新たな宇宙の創造

 言霊の国/初出の『万葉集』以前から言霊は存在した

 言霊とは、

    言葉には「現実の出来事」を引き起こす力がある。

 という考え方のことです。

 その背景には「言(こと)」と「事(こと)」を区別しないという日本人特有の感性があります。
 その感性は「日本語の性質」に直結しており、神道にも関係が深いものです。

 「言霊」という言葉が歴史上初めて登場するのは『万葉集』であり、
 人麻呂集に二例、山上憶良の好去好来歌に一例使われています。


    神代より 言い伝て来()らく
    そらみつ 大和(やまと)の国は 皇神(すめかみ)の 厳(いつく)しき国
    言霊の 幸(さき)はふ国と 語り継ぎ 言い継がひけり



 これは、日本は遠い過去からずっと「言霊の国」である、という意味の憶良の歌であり、
 『万葉集』以前にも「言霊」という考え方があったことがここから窺えます。

 これについて国文学者の「伊藤博はく)」氏は、
 一般的には『万葉集』を契機にして「言霊信仰」は存在史から自覚史への道をたどった、と説明し、
 さらに、次のように述べます。

 人麻呂以前の「言霊信仰」の実態は、いわれているほどに明確ではない。
 ただ、「言」は「事」であることを示す断片的事例は、古代の文献に豊富である。
 「言霊」の語の登場以前に「言霊信仰」が存在したことは疑えない。


 そのような日本語の「言霊」は、日本語話者であれは誰もが実感できます。
 その方法の一つが和歌です。

 紀貫之は『古今和歌集仮名序』において、和歌の効用を、

    力をも入れずして天地(あめつち)を動かし、目に見えぬ鬼神(おにがみ)をもあはれと思はせ…。

 と説明しています。
 これは同時に『言霊の効用』であるともいえるでしょう。

 また、かつては「狐憑き」を祓うのに和歌が詠まれたという話もあります。
 つまり、死霊や物の怪に取り付かれたかのような「精神異常」を来たした者であっても、
 和歌によって “ハッ” と胸を打たれ、正常な心の機微を取り戻せるということです。
 和歌による「心理療法」といってもいいでしょう。

 どうして、和歌は『言霊としての力』を持ち得るのか。
 それは、和歌は「日本語の特性」を最大限に生かした「言語表現」であるからです。
 そして、祝詞や祓詞(はらえことば)も、またそのような「言語表現」の一つです。


最初のほうの『その背景には「言(こと)」と「事(こと)」を区別しないという日本人特有の感性があります』というのは非常に面白いことだと思います。
 「言(こと)」と「事(こと)」を “区別しない” ということは、昔の日本人は、その優れた特有の感性〔直観力〕から感得し、この両者〔〕を「同一視」していたということでしょう。

 「言(こと)」とは「言う(言葉を発する発言)」です。そして「事(こと)」とは「起こる出来事」のことです。
 この両者〔〕が 昔から日本で「同じ音(おん)」で使われていたというのは、この「言(こと)」と「事(こと)」が現実的に「結び付く」という本質〔仕組み真理〕があることを、昔の日本人が経験的に「ありのまま理解していた」ことを示しているのではないかと思います。
 つまり、「言ったこと」が実際に「起こる出来事」となって現われる、ということです。
 これは、いわゆる「言葉の現象化」であり、「言葉を発した内容通りに現象化する」ということです。
 この『言葉が有する作用』を『言霊』と言うのかもしれませんね。
 「言(こと)」=「事(こと)」であり、「言(こと)」「事(こと)」ということです。
 「言葉」にこのような『作用』があるならば、ぜひとも、人生に賢く活かしていきたいものです
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