太陽の神人 黒住宗忠
その超逆転発想は、激動の時代を生き抜く処方箋


山田雅晴(著) たま出版  1996年刊


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黒住宗忠 翁



『有り難い』を連続して唱える「感謝の行」で、潜在意識を浄化する

  【質問】
   心の底から『有り難い』という心がどうしても起きません。
   寝ても覚めても『有り難い』という心境には、どうしたら進めるでしょうか?

  【黒住宗忠:答】
   たとえ真似でも口先でもよいから、まず目が覚めると第一に『有り難い』と言ってみることです。
   それから顔を洗うとまた、そこで『有り難い』と言う。
   次に日拝をして『有り難い』と礼拝をします。
   それから、自己の天職について手足の自由に働かれることを『有り難い』と言い、
   見るもの、聞くもの、何につけても『有り難い、有り難い』と言っていれば、
   自然とお心が有り難くなってまいります。

 「真似でも口先でもよいから」と述べているところが重要である。
 何につけてもとにかく『有り難い』と言葉に出していると、感謝の気持ちがどんどん蓄積されていく。

 濁った水が入ったグラスの中にきれいな水を注いでいくと、
 グラスの中に入っていた汚れた水がグラスからあふれ出て、やがてグラスはきれいな水へと変わっていく。
 それと同じように、明るい感謝の思いを充満させれば、それが習慣(くせ)になる。

 《習慣は第二の天性》という格言があるが、その方が快感になる。
 いわば『有り難い』が口グセになれば、心が自然と「感謝の思い」に包まれるというわけである。



陰極まって、陽に転ず

 宗忠は自分の人生を振り返り終えて悔悟とお詫びをした後、安らかな気持ちになった。
 床の中で、それまでずっと信仰してきたお天道様を拝みたいと思い、
 「縁側に私をかつぎだしておくれ。お日さまを拝みたい」と頼んだ。
 医者からも「病人が望むようにしてあげるように」と言われていたので、家人はふとんぐるみで縁側に連れていった。

 宗忠は幼い時からお日さまが大好きだった。いつ拝んでも、お日さまは美しく、明るい。
 その時の彼には、お日さまはなつかしくさえ感じられた。温かい光が彼の全身をいつくしむように包んだ。
 宗忠はゆったりした気持ちで、太陽の光の有り難さを味わっていた。
 すると、胸のあたりがなんだかポカポカとしてきた。
 それは凝り固まった自分の心のしこりを溶かしてくれているように感じた。
 そうやって、心の中から『有り難い』という思いが湧いてきたのである。


   有り難きことのみ思え
   人はただ今日の尊き今の心の


 この歌はその時の心境をうたったものである。

 彼はハッとした。

  「そうだ! 私は父母の死を悲しむあまり、陰気になっていた。
   自分がこんな重病になったのは、心がふさぎこんで陰気になったためだ。」


 彼はギリギリの絶体絶命のところまで行って、やっと気がついたのだ。まさしく “コロンブスの卵” だった。
 その時彼は、太陽の光は自分に「陽気になれ」と教えてくれているように感じたのだ。

  「陰気を追い出して、心を陽気にするのだ。悲しみから離れ、心を開くのだ。
   せめて一息ある間でも陽気になろう。それこそが自分を生み育ててくれた親の親たる神さまへの孝行だ。
   今までは親の恩に報いることばかりを考えて、大親である神さまへの孝行を忘れていた。」


 なんとも不思議なことに、これを契機に徐々に病気が快方に向かっていった。
 死の一歩手前までいった宗忠が、土壇場まできてよみがえったのである。
 まさしく “陰” 極まって “陽” に転じたのである。これを「第一次の日拝」という。

 当時は、労咳にかかって生還した者はほとんどいなかった。
 医者も易者も「これは奇跡としかいいようがない」と驚くしかなかった。

 さて、みなさんは次のような疑問をもつかもしれない。
 「今にも死にそうな病人が、心を入れ替え、太陽を拝んだり、陽気になるだけで病気が好転するものだろうか?」と。

 答えはイエスである。

 昔から日の出の太陽を拝することは長寿の秘訣とされ、
 現在もそうすることで、ガンや精神病、難病が好転したケースが実際にある。
 早起きを苦手とする現代人は、このシンプルな方法を忘れてしまっているだけなのだ。

 こうして二ヵ月ほどたった三月一九日のこと、宗忠は自らふとんからはい出て、久しぶりに風呂に入った。
 病臥(びょうが)して以来の垢をすっかりと洗い落とした。
 妻の いく は、危機は脱したとはいえ、まだまだ安静が大事だからと説得したが、
 宗忠は頑として「日の出の太陽を拝みたい」と言って聞かなかった。
 宗忠の親友の小野栄三郎は「本人がそこまで言うのなら、やらせてあげたらいい。自分も付き添おう」と申し出た。

 太陽の光を全身に浴びながら、宗忠は思った。

  「ああ、お日さまは私が嘆き悲しんで、寝込んでいたこの二年の間、
   一日もお休みにならずに、照らしてくだすったのだなあ。
   ほんとうに自分は天地の恩を忘れていた。」


 天地の大道(たいどう)に死はない。
 お日さまの光には、善人悪人の区別も、えこひいきもない。
 天地はただ人間を生かしたいばかり、助けたいばかりだ。
 生きる修行をすればよいものを、それまでの自分は勝手に苦しみもがいて、一生懸命に死ぬ修行をしていた。
 死ぬほど苦しい修行はない。それに比べて、生きる修行はおもしろい。

  「そうだ、生きるのが太神の道だ。
   これからは死ぬる修行はやめて、生きる修行を始めるのだ!」


 宗忠は叫んだ。はればれとした、すがすがしい気分だった。

 後に宗忠は述べている。

  「道は “満つる” なり。天照太神のご分身の満ちて欠けぬよう遊ばさるべく候。
   人は陽気ゆるむと陰気つよるなり。陰気勝つ時は穢れ(けがれ)なり。
   けがれは気枯れにて大陽(だいよう)の気をからすなり。
   其所(そこ)から種々いろいろのこと出来するなり。」


 まさしく穢れとは “気枯れ” である。
 大陽とは「天照大御神のご陽徳」であり、穢れとはそれが枯れてしまうことである。

 太陽物理学においては、地球上の生命は、太陽の光が大地に放射されて、反応したことによって誕生したとする。
 それは単に物質的な太陽光線を浴びたということだけではなく、
 その奥に流れる生命力によって、「天の気」と「地の気」が結ばれて誕生したと考えた方がよいだろう。
 それを宗忠は「大陽」と称したのだ。

 地球の生命の一員である人間は「小太陽」であり「小地球」である。
 人間は生命エネルギーとしてのオーラ(後光)を放射しているが、
 そのオーラは人間という「小太陽」から発するコロナだともいえる。

 オーラは人間の体から発する微細なエネルギーで、
 仏像の背後にある「光背(後光)」は、実は「仏さまのオーラ」を表現しているのである。

 彼は「大陽」を体いっぱいに吸って、枯れていた気を満たし、ケガレを祓った(はらった)のだ。
 彼の心は開け渡り、性格もさらに陽気になっていった。
 これを「第二次の日拝」という。

 そして半年後、彼の一生を決定する運命の日が訪れることになる。



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