中小企業診断士コンサルタントの「谷藤友彦」さんのブログより、「中村天風」の肉食論に関する記事をご紹介させて頂きます。

 「中村天風」をご存じな方はとても多いと思いますが、私の好きな人物の一人です。
 「中村天風」は、玄米菜食を中心とした粗食を推奨しており、「肉は食べないほうが良い」と伝え、もっと言えば「肉も魚も食べるべきではない」とまで言っていました。

 「中村天風」は自身が「奔馬性肺結核」の時に、滋養のために、肉製品や牛乳乳製品を多量に摂取する食事によって持病が悪化し、死にかけていた時に、インドのヨガの聖人「カリアッパ師」と出会い、インドで修業した時、そこで食べていた食事は「水に浸けた雑穀の稗」を主食とし、副食は「野菜」と「果物」だけだったのです。
 最初「中村天風」は「こんな食事ではすぐに死んでしまう‥」とかなり焦ったそうですが、逆に、身体はかえって元気を取り戻していきました。この時の経験により、「中村天風」は『人間は動物性食品よりも植物性食品のほうが身体に適正する』と感じたようです。そして、精神修養の末に、当時、死病であった「奔馬性肺結核」を完治させ、日本に帰国し、それから「天風哲学」を伝え広める人生を歩みました。

 この「中村天風」の話は、次の記事でもさせて頂いたことがあります。
 ぜひ、ご参考にされてみてください m(__)m

   「伝統的なインド食養学に見る、全粒穀物と豆類の生食(ヨーギの食事)」
    「中村天風の重度の肺結核を治した食事」「人間の健全な食事量は、一日1500kcal 以内」



 「中村天風」が一番良いとしていた食品は『果物果実)』です。
 『果物果実)』は人間の「霊気体」を強くする、と言っていました。

 ただ、『果物果実)』は「糖度が高い」ため、糖の過剰摂取は「癌を育てる足枷となります」から、癌患者さんは『果物果実)』は控えるか避けたほうが良いでしょう。
 ここは「ブドウ糖は「癌の最大のエサ」」カテゴリの記事と、次の記事を参照してください m(__)m

    糖質制限をすると癌は成長しない! 果物は多糖体に近いので、ダイレクトに『癌の餌』になる!
     【癌治療に有効する食事内容:熱めのお風呂に入る:日光浴をする:他・・・】


 甲田光雄医学博士も、一般の方々には『果物果実)』を適宜に摂取することを勧めていましたが、やはり『果物果実)』は糖の摂取となり、糖の摂取は病気を進行させてしまうので、患者さんの食事療法のメニューには『果物果実)』をほとんど入れていませんでした。甲田光雄先生のお弟子さんも同様のことを言われていました。


 当記事は、獣肉鶏肉の食事に関する一考になると思います。
 また「谷藤友彦」さんの考察も、大変素晴らしいものです。

 「谷藤友彦」さんの考察の部分に重なる内容は、次の記事を参照されてみてください。

    心と食物と人相と ~ 谷口雅春(著)
     【 肉食(獣肉食)は、人の心に殺伐とした作用を引き起こす原因となっている!:
      肉食(獣肉食)が人間の精神に及ぼす「霊的な害」】


    スピリチュアルな生き方原典 ~ 脇長生(講述)
     【食事を「霊的栄養学」という視点で見つめる!:
      肉食と菜食では、その人間の背後で働く霊魂が違ってくる!】


 「肉食」や「菜食」には、科学医学生化学栄養学などの「人間の学問」だけではどうしても推し量ることのできない世界があります。この世には、顕微鏡で見ても決して観えない未知のもの‥、数値では検出されない未知のもの‥、このような「顕微鏡や数値の先にあるもの」が必ずあります。

 科学医学生化学栄養学などの「人間の学問」を尊重しつつ、その「顕微鏡や数値の先にあるもの」まで感じ観て、総合的なる視点をもって、食というものを見つめていきましょう!

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 中村天風『錬身抄』- 怒りを含む食品などを避けることで健康を保つ
 【「free to write WHATEVER I like」
より 】


 体を鍛え、「真健康」を手に入れるために、衣食住その他の日常生活をどのようにすればよいかを説いた本。

 食事に関しては、動物性タンパク質よりも、植物性タンパク質を摂取するのが望ましいとされている。
 (最も理想的なのは、果物を食べることらしい



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 元来、動物はその生命を存続せしむるために新陳代謝の作用を行う。
 そして、新陳代謝の作用で、大なり小なりの毒素は絶えず発生している。

  (中略)

 この事実は、一寸でも吾々が一時的に呼吸を止めると血液が忽ちドス黒くその色を変化するので分明する。
 これは、毒素が体内にある立派な証拠なのである。
 何れにしても、敢て人間のみならず、一切の動物には皆一様にその体内に毒素が存在しているのである。

 然るに、動物を殺してそれを食餌とすれば、
 その動物の体内に存在する毒素はその儘(まま)無条件に、それを食した人の体内へ直接に這入る、
 というのは、この毒素なるものは、今日の科学的知識では、何としても到底、取除くことは断然不可能であるからである。
 たとえ、煮たとて、焼いたとて‥。


 精密にいえば、最も新鮮な肉というのは、その動物が活きている時の肉を指していうので、
 吾人の食餌に供されている肉は、概ね、その動物を殺戮し、その生命を奪った後のものである。

 しかして、動物を殺戮すると、死と同時に血液の循環は即座に止まる。
 すると、その肉体を組織している生活物質は直ちに第一の腐敗期に入る。
 然し、未だこの時期には、その肉の味いが食してもうまくないため、多くの人は好んでこれを食さない。

 それから暫く経過すると、第二腐敗期に入る。
 しかし、この時期はその死肉が俗にいう硬直状態になるために、
 食用に供するのに不適当であるが故に、これまた人は食さない。

 人々の好んで食すのは、その後、この硬直状態が分解期に入り、死肉に柔らか味の生じた時である。
 が、然し、焉んぞ(いずくんぞ)知らん。この時、その死肉は、第三腐敗期に入る。

 しかして、体内の毒素はその腐敗期を重ねるに随い(したがい)加重し来たり、
 第三腐敗期には、既に相当の多量毒素がその死肉の中に沈積しているのである。
 だから、動物性食餌を愛好する人々の多くは、かなり多量の毒素を滋養だという名目の下に、
 その死肉の中から、知らず知らずに、自己の体内に搬入しているのである。






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 以前の記事「中村天風『ほんとうの心の力』- 大いなる理想のためには大いに怒り、悩めばいいと思う」で、
 怒りについて触れたが、怒りをため込まないためには動物を食べない方がよい、という話を聞いたことがある。



 動物は人間の手によって殺戮される時、並々ならぬ怒りを抱えて死んでいく。
 その怒りは、動物の死後も肉の中に残る。
 怒りが充満した肉を人間が食べると、動物の怒りが人間にも乗り移り、その人まで怒りっぽくなるというのである。
 科学的根拠に乏しい話だが、全く理解できない話でもない。
 そう思いながら、昼食をマクドナルドやケンタッキーで済ませてしまう自分が嫌になるのだが‥。
 (この記事もマクドナルドで書いている

 動物の怒りが食事を通じて人間に乗り移るのならば、人間の怒りも食事を介して人間に乗り移るのではないか?
 つまり、食事を作る人間が怒りに満ちていれば、その食事を食べる人間にも怒りが伝染する気がするのである。


 最近、ブラック企業が何かと話題になっており、中でも飲食業のチェーン店が標的にされている。
 価格競争を勝ち抜くために社員を安い給与で酷使するチェーン店の食事には、
 社員の愛情ではなく、沸々とした怒りが込められているように思えてならない。
 昼食でどうしてもマクドナルドやケンタッキーを使ってしまう私も、
 居酒屋に関しては、ブラック企業の噂が絶えないお店を使わないようにしている。
 中小企業診断士は飲み会が好きで、大人数で入れる安いお店としてチェーン店を選択することが多いのだが、
 個人的には勘弁してほしいというのが本音だ。
 そういうお店で交わされる会話は、どこか下世話なものになりがちである。
 建設的な話をしたり、純粋に食事を楽しんだりするには、もっと高いお店の方がふさわしい。


 スーパーで極端に安い弁当を見ると、実は社員が劣悪な労働条件で働かされているのではないかと疑ってしまう。
 私はコーヒーが好きなのでカフェをよく利用するのだが、
 コーヒー豆が途上国の児童労働によって供給されてやしないかと心配してしまう。
 家でおやつにチョコレートを食べる時も同じだ。
 十分な教育も受けられず、奴隷のように働かされる子どもたちの犠牲の上に成り立っているおやつが、
 果たして、私に安らぎを与えてくれるのだろうか?

 こうした考え方を拡張していくと、日常生活の中で購入するあらゆる製品やサービスについても、
 怒りをため込んだものは避けた方がよいということになる。
 ブラック企業と評される企業の製品やサービスを買っても、喜びは泡沫にすぎず、
 実は健康を害しているのかもしれない。

 私は、社員が尊重されており、活き活きと働いている企業の洋服を身に着けたいし、家具を揃えたいし、
 電化製品を使いたいし、診療サービスを受けたいし、娯楽を楽しみたいし、おもてなしされたい。
 そのような消費生活を送ることが、精神的な安寧と健康につながると思うのである。
 非合理的な考え方かもしれないが、こういう健康法が1つぐらいあってもいいのではないだろうか?



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中村天風