内海聡 医師の facebook より、『グーミン』に関する内容の記事のご紹介です。
 内海医師らしく、『グーミン』について非常に分かりやすく表現されています。
 記事のご紹介のあとに、私の【感想】が続きます m(__)m




 今ほどに「知ること」が重要視される時代はない(仮題)
 【「内海聡 facebook」(内海聡医師)より 】
 (2015年3月12日


 今ほどに「知ること」が重要視される時代はないが、
 『グーミン』が『グーミン』である最も重要な要素は「知ろうとする気がない」ことだ。

 しかし、ここでまた『グーミン』は『グーミン』らしい勘違いをする。
 「知ろうとする」ことは「質問する」ことと勘違いしているということだ。

 『グーミン』は基本的に、自分で調べて、自分で考えて知ろうとはしない。
 そうではなく、どれだけ表面的にきれいごとを並べても、
 基本的に「めんどくさくて、努力はしない」ので、必ず「質問する」。

 私はほとんどの状況で、質問される立場にある。
 しかし、実際、その質問を聞いていても、
 99%は「1秒、ネットで調べるだけで出てくるようなレベルの話」ばかりである。
 毎日の「この瞬間」ほどに失笑を重ねる時はない。

 友達でも何でもないのに、なぜ質問してくるのか?
 なぜ、こっちは質問してくる『グーミン』など大嫌いなのに、何かを教えてやらなきゃならんのか?
 悪いが、こっちはその質問してくる『グーミン』に、恩情を感じることを何一つしてもらったことさえない。
 どーしよーもない『クレクレ君』種族、それが「ニホンジン(日本人)」であり、『グーミン』であるに過ぎない。

 だいたい、現代の世の中は、ネットや本も含めて情報源が山ほどあるのに、
 なぜ質問してくるのか、さっぱり意味不明である。
 「専門家じゃないから分からない」と言うなら、「専門家のレベルまで、自分が勉強すればいい」ことだ。
 誰も最初から専門家の奴はいない。

 そもそも、例えば、私に質問してくる『グーミン』など、私の本やブログやネット配信などさえ、
 ほとんど読みもしないまま質問してくる『グーミン』がほとんどである。

 そもそも、その質問内容は、ネットにも載っているし、著書にも載っていることばかりである。
 なのに質問してくるってのは、どこまで『グーミン』で『クレクレ君』なのか、ということだ。



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内海聡 医師





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 感想

 流石は内海医師らしく、『グーミン』についての語釈に富んだ内容です。
 内海医師は「グーミンとは、どういうタイプの人たちなのか?」ということを伝えてくれていると思うのですが、内海医師のこの『グーミン』の語釈は私も賛同します。

 内海医師が訴えているこの『グーミン』とは「愚民」を「ムーミン」風にアレンジした言葉でしょう。
 この『グーミン』の意味は「自分の力で考えることを放棄し、優生学者の奴隷へと堕してしまった人たち」です。
 今の日本人は、大人から子供まで、多くの日本人がこの状態にあると言えるでしょう。
 『グーミン』に陥っていない人は、内海医師がなぜこのようなことを訴えているのか、その意味が分かる人たちです。

 これは「洗脳社会」の恐ろしさを伝えています。
 自分で考えることをしなくなってしまった(放棄してしまった)人間社会の末路の恐ろしさ、そして、洗脳されている自分にすら気づけない怖さを、みなさんはご存知ですか?
 そういう人は、すでにご自分が無意識に「権力の家畜」へと堕落していることに気づくべきです。
 権力による「金金主義(拝金主義)」に無意識に貢献させられてしまっているのですから・・。

 現代医療のやり口に対して何の疑念も抱かず、いや、抱けずに、医者の言うままに、医者の為すままに、医者の言葉を丸呑み鵜呑みして、医者の「言いなりペット」へと堕落している自分に気づけない人たちが、今もあまりに多すぎます。
 「医者に任せていれば病気が治る! 癌が治る!」と、ただ “思い込んでいる” だけの自分にすら気づけないのです。
 それで、よく実地をご覧ください・・。
 どこのどの患者さんが現代医療だけでキッチリと病気が治っているのですか・・、癌が治っているのですか・・。
 逆に、現代医療によって病気も癌も悪化し、医原病が多発生している症例が多いことを、いまだに知らないのですか・・・。

 現代医療なんていうものは、食養(食事療法栄養療法食事改善少食断食などを無理なく上手に活かせば、たった数ヵ月間でコロリと改善して治ってしまうような生活習慣病すら、まったく治してあげられない場合が非常に多いのですよ・・(ただ、手術の「外科療法」は優秀になってきていますから、現代医療には有り難い側面もあるのは言わずもがなですね)。

 当ブログサイトにて何度もお話しさせて頂いていますが、私の父母はいろいろな持病があって、長年、病院に通っていましたが、それらの持病は病院の治療ではまったく改善しなかったのです。
 しかし、私の父母は、自分にできる範囲で無理なく行なった食養(我が家は主に「生菜食療法」です)、適宜な少食、短期間の断食(「週末一日断食」や「半日断食」)によって、数ヵ月から一年ほどで、大方の持病がすんなりと改善してしまいました(特に「「週末一日断食」や「半日断食」」という『短期間の断食』を組み合わせてから、改善力が一層速くなりました。私が安全な『短期間の断食』を組み合わせることを常に重視するのは「改善力が速まる」ためです! 断食は「「週末一日断食」や「半日断食」」という『短期間の断食』を無理なく積み重ねていくのが一番安全であり、確実です!)。
 血液検査も、たった数ヵ月で、すべて良好(正常値)になりました(父母がそう言っていました)。
 私はこの父母の姿を目の当たりにして、生活習慣病さえ治してあげられない現代医療というものを「果たして、これで良いのだろうか・・」と本気で考えさせられたものでした・・・。


 甲田光雄医学博士は、このような言葉を残されています。

  「世の99%の嘘を見抜き、(残り1%の)真実の狭き門へとたどり着ける者は本当に少ない・・・」

 甲田光雄医学博士も「グーミン(現代医療に支配される愚民)になってはいけない!」と警鐘を鳴らされていたのです。
 病気を治すために本当に必要なのは、食事療法少食療法断食療法などの自然療法であることを長年、叫ばれていました。そして、現代医療に見捨てられ、どうしたら良いのか分からずに怯えている多くの難病難民の患者さん方々を、甲田療法で必死に救い続けてきたのです。

 内海医師と同様、甲田光雄医学博士も「現代医療の闇」を垣間見た方です。
 現代医療は売り上げを上げないと病院経営をやっていけないので、患者を治す医療ではなく、患者から金を吸い上げる医療になっています。患者の病気は治さず、患者を「生かさず、殺さず」のちょうどいい塩梅で飼いならし、患者が定期的に病院通いするように仕向け、患者から金を吸い上げている・・、それが現代医療なのです。
 だからこそ、みなさんの病気は、病院の治療だけでは全然改善しないのですね。
 (病気というものは、基本的に自宅で自然療法を実践する『自己療法』をやらないと、本格的には改善しません

 病院で処方されたお薬をいくら飲んでも、持病は改善しません。
 病院のお薬は、症状を抑え込んで(まるで治ったかのように)誤魔化すだけで、全然治らないのです。
 私の父母と同じく、ご自分のできる範囲で食養(食事療法少食療法断食療法などの自然療法)を実践して活かさない限りは、持病が本当に改善するなんて、まず、あり得ないことなのです。病院の治療だけでは身体の「根本」や「体質」が何も改善しないのですから、これは当然と言えます。

 もちろん、食養(食事療法少食療法断食療法などの自然療法)が「すべての病気をコロリと改善してしまう」なんてことはまずありません。改善するにしても、数ヵ月間、数年間という一定期間が必要です。食養は病院の治療のように即効性はないものの、身体の「根本」や「体質」それ自体を少しずつ改善して向上させますから、時間はかかりますけれども、副作用もなく「身体の健康の土台を築く」のに一番適した方法です。

 日本人は今こそ、食養(食事療法少食療法断食療法などの自然療法)の価値に目覚めていくべきです。
 もう、とっくにその時節を迎えています。
 (これは「私の「食養への信念」」記事の最後のほうでも書いていますが)私は当ブログサイトを作成する時、また、以前の食養サイトを作成する時に「食養に目覚め始めた日本人のための「食養への架け橋」となれるサイトをつくれたらいいなぁ・・」とか勝手に思いながら、私なりにコツコツと作成していました。
 これが一体、どこまで達成できているのかは私にも分かりませんけれども、とにかく、日本人が「一億総 半病人 時代」から「一億総 重病人 時代」を迎えてしまう前に、日本人全員が早く「食養という自然療法の価値」に目覚めることができ、これを正しく人生に活かせるようになって頂きたいと願っています m(__)m

 そのためにも、日本の大人のみなさんには早く『グーミン』を卒業して頂かないとなりません。
 食養というのは、自分でコツコツと独学し、『自己責任』をもって自ら進んで実行できる人でなければ、なかなかできない面があります。「現代医療の闇」という実態を知り、患者の病気を治さない現代医療に安直に頼るのではなくして、自分の持病は「自力で」治さなければならないということを心底思い知って悟ることこそが、食養の価値に目覚めるきっかけになり、食養を実行していくための力となります。
 日本の大人のみなさんには、私からも本気で「意識改革(パラダイムシフト)」をお願いしたいです!
 よろしくお願いします m(__)m


 あと、内海医師の上記の記事の『グーミン』の内容に私が付け加えるとしたら、『グーミン』とは「自分が無知に陥っていることに気づけない人たち」、また「自分で “知っている” と思い込んでいるだけで本当の事実を知らず、無知のまま権力に洗脳されて生きている人たち」といったところでしょうか・・。
 いずれにしても、この『グーミン』という状態は非常に恐ろしいことであり、自ら不幸をつくってしまう「無知の罪」を引き起こす結果を招く可能性がいくらでもあります。今こそ、私たちはこの『グーミン』という情けない状態を一刻も早く卒業し、自立せねばなりません。

 この『グーミン』という言葉を、早急に『国語辞典』に採用して頂きたいと思うのは私だけでしょうか。
 早く『岩波 国語辞典通称「イワコク」)』に採用して頂けたらと思います。
 いや・・、まずは『三省堂国語辞典通称「サンコク」)』からですね(「サンコク」は新語の採用に積極的です )。
 やっぱし、『明鏡国語辞典語釈が非常に丁寧です)』にもお願いしたいです。
 当然『新明解国語辞典通称「新解さん」)』にも、思いっきり主観的な、以前の【動物園】並みの語義をお願いします。

新明解国語辞典〔第4版〕』の「どうぶつえん【動物園】」の語義は、「生態を公衆に見せ、かたわら保護を加えるためと称し、捕らえて来た多くの鳥獣魚虫などに対し、狭い空間での生活を余儀なくし、飼い殺しにする、人間中心の施設。」なる非常に本質を捉えた語釈になっています。人間中心の身勝手な思考を離れた「本質」に気づける語釈です 


      



 たぶん、もし『国語辞典』に『グーミン』が載るとすれば、「ぐみん【愚民】」の前か後になると思います。
 できる限り、「ぐみん【愚民】」の前においてあげましょう!
 (「ぐみん【愚民】」の後にしたほうが解釈的には解かりやすいと思いますけれども・・

 おそらく『グーミン』の語義については、

   グーミン
     日本の医師である内海聡が日本人のあまりの無知の酷さに嘆き、これを痛烈に非難するため、
     「愚民」と「ムーミン」をかけ合わせてつくった造語。
     内海聡は意図的に行なう下品な発言により自ら嫌われ役を演じつつも、
     社会に対して、物事を鵜呑みにせず、自分でしっかりと考えて判断することの重要性を説く。
     ① 自分の力で考えることを放棄し、優生学者の奴隷へと堕した人たちの総称。
     ② あまり使われないが、「グミ果汁などをゼラチンで固めた菓子の一種)」愛好家のことを指す場合もある。

 とかになるでしょう(笑) 〔ホントは笑えないんですけど・・
 このアッサリした語義は、たぶん『岩波 国語辞典』あたりでしょうね(笑)


 『国語辞典』とは、言葉の意味をより正確に解説して現わそうとする書物です。
 『国語辞典』を眺めていると、物事の意味を見つめる素養が身に付き、頭の回転も速くなり、大変勉強になります。

 昔、アメリカの著名な医学者が、子供の頃に非常に貧しくて、家に『国語辞典』と『聖書』の2冊だけあり、その2冊のうち『国語辞典』を選んで、毎日『国語辞典』を読んでいたそうです。『国語辞典』だけを最初から最後まで何度も何度も繰り返し読み返していたのだそうです。
 この医学者は「子供の頃に『国語辞典』を繰り返し読んでいた経験が、その後の私の思考を作り上げる原点となった」と後年に語っています。『国語辞典』が「思考」を増強して作り上げるのです。

 『国語辞典』とは、言葉の意味を文章化した結晶です。
 「その言葉の意味を説明しろ!」と言われても、子供が知っているような簡単な言葉ですら、分かっているようで、なかなか正確に言えないものです。これは、やってみると分かります。この「言葉の語釈」を意識して『国語辞典』を読んでいますと、「なるほどなぁ~」と感心することが多いです。この「なるほど!」と感じることが非常に重要なのですね。「なるほど!」という感情は、その物事を「理解した」時に現われるものですから、これを繰り返していけば、物事への理解力が増強されてくるのは当然だと言えるでしょう。

 『国語辞典』を単に「調べ物」としてだけではなく、「読み物」として “読んで” いると、物事の現象面をより正確に、より正しく見つめようとする素養が身に付きます。この意識が不足している現代人が非常に多いです。
 『国語辞典』を「読み物」として活用し、物事の現象面をより正確に、より正しく見つめる素養を、自分の中に養成するのも一考ですね!



 内海医師は『グーミン』のことを『クレクレ君』とも表現しています。
 これはその通りで、『グーミン』に陥っている人たちの典型的な特徴は、自分で調べ上げることをせず、いつも誰かに教えてもらうことばかり考えているのです。それでいて、人に教えて頂くことの有り難さを知りません。
 このような大人たちは、これではほとんど、身体だけは成長しているけれど、いつも「ちょーだい! ちょーだい!」ばかりしている「幼児」そのものです。これが、内海医師が表現している『クレクレ君』の本質でしょう。

 自分で調べ上げることもせずして、いつも誰かに教えてもらおうとする「クレクレ根性」でいては、自分が育ちません。
 調べても調べても、さらに「新しい発見」が続いていくというのに、それを誰かがちょうどよくまとめて自分に教えてくれるとでも思っているのでしょうか・・。
 ましてや、その教えてくれた人がもし「間違ったこと」を教えていたとしたら、その人を責めるのでしょうか・・。
 自分に教えてくれる人がいたとしても、その人が「間違っている」ことなんて、いくらでも無数にあるのです・・。

 自分に教えてくれる人がいても、それは単に「情報の一つ」であって、それをすべてにしてはいけません。
 様々なことを自分で調べ上げていき、その中で「共通点」を探して組み合わせ、自分の中で築き上げなければなりません。
 人間ですから、自分の中にある「間違い」を常に探し出し、臨機応変に『軌道修正』をせねばなりません。
 これをしないと、「間違い」を起こしたまま進んで行ってしまいます。これが怖いのです。
 すでに、ここに陥っているのに、それにすら気づけない人も多いです・・。

 早く『グーミン』も『クレクレ君』も卒業し、何でも自分で調べ上げて真相を判断できる素養を身に付けましょう!
 そして、「こうだ!」と思い込むことなく、常に柔軟にして臨機応変なる『自己修正』を加えていきましょう!
 『自己反省』のできない人、『自己修正』のできない人は、成長が止まり、それ以上、成長することはできません。
 常に、柔軟に、臨機応変に『自己反省』と『自己修正』を繰り返し努めることができる心を持ち続けるべきです。


 人間ですから、「間違う」ことなど、たくさんあります。
 「間違った」ことのない人など一人もいないのですから、「間違う」ことに問題はありません。
 要は「間違いに気づけない」「間違いに気づいても訂正しない」ことが大問題なのです。

 「孔子」は「論語」の中で、

    過ちて改めざるを、これ過ちと言う
     〔人は誰でも過ちを犯すが、過ちを犯したことに気づきながらも、それを改めようとしない、
      これこそが「本当の過ち」である


 という名言を残しています。

 人間は『自己反省』と『自己修正』ができるか否かが分かれどころです。
 「間違い」にとどまり続けても、そのまま引き続き「間違い」が続いていくだけですから、そんな場所には何の意味もなく、むしろ、弊害が付きまとうものです。

 『自己反省』とは、自分の「間違い」を見抜く力です。
 自分の「間違い」も見抜けずして、どうして人の「間違い」を見抜けるでしょうか・・。

 『自己修正』とは、自分をより正しく持ち得て、より正確な答えへと向かう行為です。
 自分を正せない人が、どうして人に「正しさ」を伝えることができるでしょうか・・。

 『自己反省』と『自己修正』は人間にとって非常に重要な要素であり、世に潜在している「間違い」を探し出し、「正しき」に訂正する力を自分の中に生み出します。
 『自己反省』と『自己修正』は、世の「間違い探し」に長ける力を身に付ける訓練になり、その積み重ねは、やがて、自分を本当の『真実』へと導く羅針盤となります。私はそう信じています。

 断言しますが、『自己反省』と『自己修正』の無い人、『自己反省』と『自己修正』ができない人は、まず、絶対に、成長発展進歩が止まります。
 これは企業だってそうですよね。『自己反省』と『自己修正』ができない企業など、一時は栄光をつかんでも、その後、時期が来れば、遅れを取って追い抜かれ、自滅していくのです。今までも、このようにして消えていった企業がどれほどあったか、昭和史をすべて見てきた大人のみなさんならばよくご存知ですよね。
 企業とは「多数の人が集まって形成している一つの集合体」ですから、企業は一人の『大規模なる生きる人間』です。
 結局、人も企業も何ら変わりなく、『自己反省』と『自己修正』に長けた存在が「自力で」本当の成長発展進歩を遂げることができるのです。まさに『天は自ら助くる者を助く』です。

 一応、言っておきますが、中には『自己反省』と『自己修正』をすることを、自分が「負けた」と思い込んでしまう人もいるようですが、これは「心得違い」も甚だしいです。
 そういう方の心理を紐解けば、そもそも「負けた」と感じるのは『それが「間違いであった」ことを、自分が無意識に認めることができている』という心理作用を示していますから、その時にこそ、自分自身を大訂正大修正することができる良い機会であり、大チャンスなのです。
 しかし、物事の是非(正しいか間違いかを検討する姿勢)よりも、意地を張ることしかできず、事実を歪めて自分をかばってしまう人は案外と多いもので、そういう人は、やがて、自滅していくしかないのだと思います。
 事実を歪めてまでして自分をかばい、自分を大事にしているようでいて、自ら滅びの道筋を歩んでしまっていることに気づけないのです。『自己反省』と『自己修正』の重要な大事を「負けた」と「心得違い」して実行できない人は、まずもって、自滅に一番近いところにいると思われたほうが良いです。あとは、時節が到来すれば、問題が自然と発生し、自ら消え失せることになるでしょう。真相は「自分で自分を滅ぼしている」のです。
 これは決して良いことではありません。ここには『みんなで協力し合い、共に成長・発展・進歩できれば良い』という意識が抜けているのです。これこそが「良質なものを生み出す意識」だと思います。この仕組みに背を向けるから自滅するのです・・。

 自滅することなく、成長発展進歩を続けるには、どうしても『自己反省』と『自己修正』の精神が必要です。
 「論語」には『吾(われ)、日に三たび、吾が身(わがみ)を省みる』とありますが、「一日に3回、自分を省みる」くらいであってこそ、自分を本当の『真実』へとたどり着かせることができるのでしょう。本当に「大きな発見」をした研究者って、みなさん、この根性がある人ばかりですもんね! こういうところは、ぜひ、意識的に真似しちゃいましょう♪

 どうぞ、みなさんも、この『自己反省』と『自己修正』の価値を感じ取られてみてください。
 よろしくお願いします m(__)m