近代における最大の覚者と言われているラマナ・マハルシが薦めていた『食の在り方』についてのご紹介です。

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ラマナ・マハルシ

 ラマナ・マハルシは「物理的環境」よりも「精神的態度」のほうが霊的な進歩にとってより大きな関わりを持っていると確信していました。そして、どんなにわずかでも「環境を変えることが霊的な助けとなる」と信じる(思い込んでいる)質問者たちを、常に思いとどまらせていました。

 ラマナ・マハルシが唯一認めた「物理的変化」は『食習慣』だけでした。
 ラマナ・マハルシは「人間の食」について、食事のタイプが人の「想念の量」と「質」に影響を与えるという、ヒンドゥー教の間に広く行き渡った「食養生についての理論」を受け入れていました。
 そして、適度な「菜食主義の食事」をすることが、霊的な修練にとって最も有益な助けとなると薦めていました。

 ラマナ・マハルシが認めたヒンドゥー教の「食養生の理論」は、それらを食べることで引き起こされる精神状態にしたがって、食べ物を次のように分類しています。



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(1)サットヴァ 〔純質
 穀物、野菜、果物、乳製品が、サートヴィック(Satvic純粋清らか)な食べ物とされる。
 これらの食品からなる食事は、霊的修行者が静かな心を保つ助けとなる。

(2)ラジャス 〔激質
 ラジャシックな食べ物は、肉、魚、唐辛子、タマネギ、ニンニクのような香辛料の効いた食事を含む。
 これらの食物を食べることは活動的な心をもたらす。

(3)タマス 〔暗質
 腐りかけた、あるいは新鮮ではない食べ物、アルコールなどのような発酵過程を経る食品は、タマシックな食事とされる。
 これらの食べ物を食べると、解決力を持つ明晰な思考を妨げ、無関心で鈍感な心の状態をもたらす。


 ラマナ・マハルシは、悟るための助けになるものとして「菜食ニンニクなどは除く)」をもっとも優れたものとして薦めていました。「菜食」により心に落ち着き(サットヴァ)の性質が増します。

 そして、「適度な量の清らかな(サートヴィック)な食事を摂るという方法が最上のものである」と言っていました。
 ラマナ・マハルシの言う「清らかな食事(サートヴィック・フード)」とは、パン、野菜、果物、ミルクのことです。
 また、ラマナ・マハルシは、肉食に関しては「肉食で悟りを開くことは不可能ではないが、それは難しく、避けるほうが賢明である」と言い、肉、魚、卵は一切食べませんでした。
ここは「ラマナ・マハルシが薦めていた「サートヴィック・フード(清らかな食事)」= パン・野菜・果物・ミルク【ラマナ・マハルシの食養観について!】」記事を参照してください


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 また「ルドルフ・シュタイナー」は、肉食について「健康と食事 という著書の中でこのように言われています。

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ルドルフ・シュタイナー



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   酒は脳に作用して「霊的な器官」を破壊し、修行が不可能になるので、酒類は一切禁じる。
   肉食は禁じないが、肉食をしないと「低次の性質」との戦いが容易になるので、
   肉を食べないほうが良いということに注意するように。




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 この『肉食は禁じないが、肉食をしないと 「低次の性質」との戦いが容易になるので、肉を食べないほうが良い』というのは、医学生化学栄養学からの視点からではとても理解できないものです。

 日本においては、禅寺の禅僧が「精進料理禅食)」として「完全玄米菜食」を長年続けてきた背景には、単に「不殺生」という理由だけではなく、長年の「実地的な経験」から身をもって導き出してきた答えがあるのだと思います。
 この答えとは「植物食によるほうが、精神の育成に非常に有利である」ということです。
 これは、ラマナ・マハルシやルドルフ・シュタイナーの説いた次のことに重なります。


   肉食で悟りを開くことは不可能ではないが、それは難しく、避けるほうが賢明である。
    〔by ラマナマ・ハルシ

   肉食は禁じないが、肉食をしないと 「低次の性質」との戦いが容易になるので、肉を食べないほうが良い。
    〔by ルドルフ・シュタイナー


 日本において昔から根付いてきた「玄米菜食」という「食の手段」は、身体の健康面の有無だけのものでは決してないはずだと、私は思っています。「人間の食」とは、本当は「栄養素が云々かんぬん・・・」を超えたものなのです。
 世の中には、過去から現代に至るまで(現在進行で)、多数の「不食者(食事を一切摂らない人)」が実在するのです。
 しかも、医学生化学栄養学では説明のできない民族食の偏食などは、世界中に多数あります。

 ラマナ・マハルシやルドルフ・シュタイナーが「霊的なもの」と「食事」との関係を重視していましたように、人間は食事の如何によって、自己の霊性や精神性を高めたり下げたり、また、清めたり汚したりもできるのです。

 それは、次の記事などを見て頂いても何か感じて頂けると思います。

   人類を救う霊性と食の秘密 ~ 中矢伸一(著)
    【神に近づく時は、肉食はよくない、霊覚を妨げる!:
     肉によって養われた細胞は弱い! 穀物・野菜で養った細胞は強い!】

   スピリチュアルな生き方原典 ~ 脇長生(講述)
    【食事を「霊的栄養学」という視点で見つめる!:肉食と菜食では、その人間の背後で働く霊魂が違ってくる!】

   心と食物と人相と ~ 谷口雅春(著)
    【 肉食(獣肉食)は、人の心に殺伐とした作用を引き起こす原因となっている!:
     肉食(獣肉食)が人間の精神に及ぼす「霊的な害」】

   人にはどれだけの物が必要か ~ 鈴木孝夫(著)
    【獣肉食における「人は自ら蒔いた種を刈り取らねばならない」という
     『この世の摂理(因果律:カルマ)』を感じ観て!】



 当然ながら、人類の先達たちがまとめてくださった医学生化学栄養学の教科書は人類の恩恵であり、重視せねばならないのは言わずもがなですが、しかし、この教科書だけでは説明のつかない事象が多数ある事実からも、教科書だけに呑み込まれた判断をしてはならないということをしっかりと認識せねばなりません。


 私の母は、肉という肉が大嫌いな人です。
 獣肉も、鶏肉も、魚肉も、ほとんどすべての肉が「臭くて美味しくない・・」と言います。
 母は医者から「肉を食べないと病気になるから、肉は無理してでも食べなさい!」と脅されたそうで、大嫌いな肉をず~っと無理して食べていました。子供の頃は、肉を食べているふりをして口の中に詰め込み、あとで外の草むらに「ぺッ!」と捨てていたそうです(笑)。母はそのくらい肉が大嫌いなのですね。

 その母は「病気の総合デパート」のような虚弱体質で、極度の冷え症(真夏の暑い日に骨が痛むほど冷えるそうです)、重度の陰性体質や貧血症、不眠症など、いろいろと持病がありました。私が子供の頃、母は真夏によく倒れ、私は母が寝込んでいる姿をよく見ていました。

 母の虚弱体質が改善し始めたのは、母が私の伝えた「生菜食」や「半日断食午前中は何も食べない)」を始めてからです。母から肉食のことを訊かれた私は、母の身体の「肉食に対する反応(肉を食べると気持ち悪くなる)」を聞いて「母さんの身体には肉食は合わない(適合しない)」と見た私は「肉は食べなくていいよ♪」と母に伝え、その代わり、母は唯一「ジャコ」が好きなので、母にはこの「ジャコ」をよく食べるようにしてもらいました。

 母は甲田療法の「生菜食療法」を参考にした食事(生玄米粉」や「玄米クリーム」+「生菜食」に、豆腐や黒胡麻など)を中心に取り、「半日断食午前中は何も食べない)」という安全な「短期間の断食」を組み合わせた単純な食養の実践により、長年、病院に通ってもまったく改善しなかった持病が大きく改善していきました。
 母が特に苦しんでいた極度の冷え症(真夏の暑い日に骨が痛むほど冷える)は食養の実行後1年間くらいでほとんど改善し、母は長年の冷え症から解放されたのです。
 世間でも(当たり前顔して)言われている通り、母はずっと陽性食品で冷え症の改善を試みていましたが、母の冷え症は陽性食品では全然改善しませんでした。母の冷え症を改善してくれたのは、世間で言われていることとはまったく真逆の「生野菜」という極陰性食品でした。
 なぜ「生野菜」という極陰性食品で冷え症が改善するのか・・・、この点につきましては「マクロビオティックの “間違い” から見つめる、『冷え症』の本当の治し方【冷え症は「陽性食品」では絶対に治らない! 冷え症は『生菜食』で改善できる!:私の母の例】」にてお話しさせて頂いていますので、ぜひ参照されてみてください m(__)m

 母の虚弱体質や持病は、大嫌いな肉(獣肉鶏肉魚肉)を無理して食べている間は全然改善されず、私の伝えた(上記の)甲田療法を参考にした食事である「生菜食療法」という「植物食を中心とした食事」によって、母の虚弱体質や持病は改善していったのです。


 みなさんにも一度、ここでよく考えてみてほしいのです。
 もし、私が医学生化学栄養学の教科書しか知らず、食養をまったく知らない、もしくは、食養を小馬鹿にするタイプの者であれば、母のこの虚弱体質や持病はいまだにまったく改善されていなかったことでしょう。

 もし、私が母に対して、

   そのお医者さんが言うように、人間は肉(獣肉鶏肉魚肉)を食べなきゃ危険だよォ!
    肉(獣肉鶏肉魚肉)を食べなきゃ病気になっちゃうよォ!
    えっ!? 昔の日本人は獣肉なんか食べなくても無病息災に暮らしていたって・・・?
    そんなの一切関係ないよォ!
    医学や生化学や栄養学で言われている通り、
    どんな民族であろうと、肉(獣肉鶏肉魚肉)を食べなきゃ危険なんだよォ!
    〔 ↑↑↑ 実地に符合しない「超頭でっかち」な無茶苦茶判断・・、世間にはこういう先生が実に多いです・・・:涙
    肉(獣肉鶏肉魚肉)は無理してでも食べなきゃ!
    肉(獣肉鶏肉魚肉)は吐いてでも食べなきゃダメだよォ!

    冷え症が苦しいって・・・? 冷え症を治すには陽性食品を摂らなきゃダメだよォ!
    えっ!? 陽性食品は散々摂ってきたけれど、冷え症が全然改善しなかったって・・・?
    そりゃ、陽性食品の摂り方が足りないんだよォ!
    陽性食品をどんどん摂って、身体を芯から温め続けなきゃ、冷え症なんて絶対に治らないよォ!
    〔 ↑↑↑ これで冷え症が治った人は一人もいない・・、これを指導する先生が世間にも実に多い・・・:涙

    えっ!? 甲田療法の「生菜食療法」っていうのはどうかって!?
    あぁ~、そんな危ないのやっちゃダメだよォ! そういう危ない食事療法を真に受けたら危険だよォ!

    えっ!? 甲田療法の「生菜食療法」で冷え症が治ってるって!?
    そんなバカあるかァ! 「生野菜」なんて極陰性食品なんだぞォ!
    なんで、極陰性食品で冷え症が治るのサァ!
    そんなことしたら身体がますます芯から冷え切ってしまうんだから、危険に決まってるじゃないかァ!
    そういう「学問の常識」から逸脱するようなものを信じたら、一体、何が起こるか分からないよォ!
    そんな「オカルト」みたいなもの信じてないで、医学や生化学や栄養学で言われていることを守らなきゃ!
    えっ!? それで全然治らなかったって・・・?
    そんなの、母さんが足らないんだよォ! 医学や生化学や栄養学に間違いはないんだからね!
    医学や生化学や栄養学の常識は、絶対に守らなきゃダメだよォ! いいね!!!
    〔 ↑↑↑ 医学生化学栄養学の中には「常識という名の非常識」が多数含まれていることに気づいていない・・、
          可哀想なほど「頭でっかち」な(実地に符合しない)判断能力しかない・・・:涙



 今、自分でこれを書いていても、何だか、腹が立ってくるような・・、涙が出てくるような感じがします・・・。
 世間には「こういうタイプ」の方が、まだまだ非常に多いです・・・(涙)
 もし私が、世間にやたらと多い「こういうタイプ」であったとしたならば、私の母はいまだに虚弱体質や持病に苦しみ続けていたことでしょう・・。
 もし私が、世間の常識や、世の学問の常識が、実は「常識という名の非常識」が多数含まれている事実を何も知らず、また、気づけずに、世間や学問の常識をただ無思考に鵜呑みにして呑み込まれているだけの頭や意識であったとしたならば、私の母はいまだに苦しみ続けていたはずだと思います・・・。

 例えば、「回転式本部」の小西伸也先生が推奨されている「ケトプロ食」の食事内容、

  「毎日、獣肉200g以上、バター60g以上、卵3個、その他はプロテイン、食事はこれだけで良い!
   炭水化物(穀物)は摂取したらダメ! 野菜は摂取する必要はない!」

 もしかしたら、この食事で持病が改善する患者さんもおられるのかもしれません。
 しかし、私の母のような「肉(獣肉鶏肉魚肉)が大嫌いなタイプ」の人(肉食が合わないタイプの人)であれば、この「ケトプロ食」では身体にどのような反応が起こるか分かりませんから、私は恐くて奨められません・・・。
 やはり、母のような「肉食(獣肉食鶏肉食魚肉食)が合わないタイプ」の人には、甲田療法の「生菜食療法」のような「植物食を中心とした食事」のほうが体質改善をする上で適正する、と言えるでしょう。
ここは「困った時はミトコンドリアに聞け!【ミトコンドリアが喜ぶ方法を取れ!:鈴森さん、感謝します♪:私のこの思いは、果たして、あの人の胸(心)に届くのであろうか・・・】」記事の【感想】の部分を参照されてみてください


 医学生化学栄養学の教科書も重要ではありますが、これらの教科書しか知らないのであれば、逆にかえって危険でもあるのです。これらの教科書の内容が万民(この地球上に存在するすべての民族個々人)に通ずるものではないからです。
 しかし、医学生化学栄養学の教科書の知識がまったくないような人もまた危険でもあります。
 ですから、医学生化学栄養学の教科書を尊重する側面と共に、医学生化学栄養学の教科書だけでは計り知れない現実もあるという実地を尊重する側面を真摯に持つべきです。この両側面をしっかりと認識して大事にしていきたいものです。

 肉食(獣肉食鶏肉食魚肉食)に関しましては、医学生化学栄養学の教科書だけによる判断では、凡そ、計れないものです。世界中の「肉食を一切せずとも無病息災に長寿を得ている民族個々人が確かに存在している」という事実が歪められてしまいます。


 人間には「顕在意識(認識できる意識)」の奥に「潜在意識(無意識)」というものがあります。
 人間は「顕在意識(認識できる意識)」よりも「潜在意識(無意識)」のほうに支配されています。
 ですから、人間は「潜在意識(無意識)」で思い込んだことが表面化して(現象化して)来るのです。

 例えば、医学生化学栄養学の教科書で言われていることを真に受けてしまい、潜在意識(無意識)で「人間は肉(獣肉鶏肉魚肉)を食べなければならない! 肉(獣肉鶏肉魚肉)を食べないと身体が悪くなり、病気になる!」と思い込んでしまうと、玄米菜食にして肉(獣肉鶏肉魚肉)を食べなくなった途端、徐々に体調が悪くなる人もいます。
 逆に、潜在意識(無意識)から「人間は肉(獣肉鶏肉魚肉)を食べる必要はない! 肉(獣肉鶏肉魚肉)を食べないと身体に良い!」と思っている人は、肉食(獣肉食鶏肉食魚肉食)を止めて玄米菜食にしてから体調がすこぶる良くなる人もいます。肉食(獣肉食鶏肉食魚肉食)に関しては、この「潜在意識(無意識)」の側面まで見る必要もあるのです。


 ただ、マクロビオティックのような「玄米菜食の火食(加熱調理)」だけの「完全玄米菜食」は、私は個人的にあまり賛成はできません。甲田療法の「生菜食療法」のような「植物の生食」を含んでいる穀物菜食が理想だと思います。
 禅寺の「精進料理禅食)」のような「完全玄米菜食」の火食(加熱調理)だけで暮らす禅僧たちや、世界の「穀物菜食」の火食(加熱調理)だけで暮らす長寿民族たちは、身体が痩せ過ぎてしまい、外観の老化も激しく見えます(シワが多くなるなどの老化現象が激しいです)。
 この点は、甲田療法の「生菜食療法」のような「植物の生食」を含んだ穀物菜食であれば、火食(加熱調理)の害がない分、甲田光雄先生の一番弟子である「森美智代」先生のように、年齢よりも肌が若くてツルツルしているように思います。

 
 また、植物性タンパク質には、動物性タンパク質が含んでいる20種類(そのうち8種類が必須アミノ酸)のアミノ酸が欠如していますが、この植物性タンパク質に欠如しているアミノ酸は『エビオス』で摂取できます。

 甲田療法で『エビオス』が採用されていた理由は、『エビオス』の整腸作用の役割もありますが、甲田療法は肉食(獣肉食)を一切含まない食事療法であったため、植物性タンパク質に欠如しているアミノ酸を補う意味があったのです。

 「植物食を中心にした食事」をしている方は、ぜひ『エビオス』を摂取されてください。
 値段はそんなに高くないですから、『エビオス』の活用を私はお薦めします。
 甲田光雄先生の一番弟子である「森美智代」先生は、一日に「青汁」一杯の他、『エビオス』20錠、『スピルリナ』20錠(森美智代先生の場合は『スピレン』です)、『ビタミンC1000』1錠を摂取されていますが、私の母は「森美智代」先生に倣い、『エビオス』を一日20錠摂取しています。

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甲田光雄医学博士の一番弟子「森美智代」先生



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 私の母のように、肉食(獣肉食鶏肉食魚肉食)が身体に合わなくて「植物食を中心とした食事」をしている方は、上述の「森美智代」先生の実例を参考にするなどしてご自分で工夫され、より安全性を確保されてください。
 母の食事に関しましては、私も「森美智代」先生の姿を参考にさせて頂きました。
 みなさんも、これらの情報を考慮して、ご自分の納得できる方法を探されてくださいね!



 話は戻りますが、誰でもすぐに取り組めることで、多くの聖者が薦めていたのが『食の慎み』です。
 ラマナ・マハルシやルドルフ・シュタイナーの「食の指導」を見つめますと、日本の禅寺において過去から700年以上もの間、「精進料理禅食)」としての「完全玄米菜食」を脈々と受け継ぎ、継続してきた背景には、(当然「不殺生」に重ねて)霊性の向上、人間形成の向上への大なる期待があったからだ、ということがよく分かります。霊性や人間形成を求めた昔の覚者たちが行き着いた「食の姿」とは、みな「同じもの(植物食中心の食事)」であったのかもしれませんね!

 日本では、昔から『獣(けもの)の肉を食うと、血が穢れる』と言われてきました。

 「食物」の「物」という字は、「うしへん()」に「勿れ(なかれ)」と書きます。
 「うしへん()」は「獣(四足動物)」を指し、「勿れ(なかれ)」は「否定(ダメ!)」を意味します。
 ですから、「食物」という字は 『牛(四足動物)は、食うこと勿れ(なかれ』と書きます。
 いわゆる、「食物」という字には『獣(四足動物)の肉は食べたらダメよ!』という、昔の人の(先達からの)メッセージが込められているのです。


 ラマナ・マハルシは「適度な量の清らかな(サートヴィック)な食事を摂るという方法が最上のものである」と指導し、その「清らかな食事(サートヴィック・フード)」に、パン、野菜、果物、ミルクを挙げていました。
 そして「肉食で悟りを開くことは不可能ではないが、それは難しく、避ける方が賢明である」とし、 ラマナ・マハルシ自身は、肉、魚、卵を一切食べることがなかったのです。当然、これは「霊性の向上」を重視した視点から発した内容であり、日本の禅寺における「精進料理禅食)」と同じ視点です。

 日本人にとって「清らかな食事(サートヴィック・フード)」とは、昔から、玄米玄麦雑穀(粟など)、豆類、野菜、海藻のことでした(昔の日本人は、果物はあまり食べていません。昔の日本では、果物は高級食品でした)。
 もともと日本は、肉類は食べても「魚介類」でしたし、獣肉食鶏肉食はほとんどしていませんでした。
 鶏肉食は、「ハレの日」と呼ばれる特別な日(正月や夏祭りなど年2回ほど)に家畜の鶏を屠殺して有り難く頂いていた程度です。沖縄では、この「ハレの日(年2回ほど)」の贅沢なご馳走が豚肉でした。
 これが、本来の「日本人の食(昔の日本人の食)」の姿なのです。


 食養学の父と呼ばれる「石塚左玄」は、このように言われています。

   人の心を清浄にするには血液を清浄に、血液を清浄にするには食べ物を清浄にすることである。

 これは『心(精神)を清浄にするには、清浄な(清らかな)食べ物を食べなさい』ということです。
 ここは、ラマナ・マハルシに重なる視点です。


 では、肉食に関して、ラマナ・マハルシはなぜ『肉食で悟りを開くことは不可能ではないが、それは難しく、避ける方が賢明である』と指導していたのか・・・。
 また、ルドルフ・シュタイナーはなぜ『肉食は禁じないが、肉食をしないと「低次の性質」との戦いが容易になるので、肉を食べないほうが良い』と説いていたのか・・・。

 それは、血液を汚して(穢して)悪化させる「肉食」を避け、血液を浄化する「植物食」を意識的に食べることにより、血液を通して身体が自然と浄化されて清浄になる(清められる)体内環境を意図的につくり出し、そのまま進んで、心(精神)までをも清浄に(清らかに)浄化していくことのできる「手段」として食事を活かすためだったと、私は思うのです。
 昔の覚者はそれを身をもって理解していた、ということだと思います。

 こうして見てみますと、日本の禅僧、インドの覚者、霊的な修行者、高尚な境涯を求めた世界中の聖者が、みな等しく揃って「肉食を避けた」という理由がだいぶ見えてきますね。
 肉食(獣肉食鶏肉食魚肉食)とは、医学生化学栄養学、また、一般の食養学の範囲を超えて、こういった視点からも見つめていくべきものであると私は思っています。これは『霊的食養学』と呼ばれる分野です。


 そう言えば、「森美智代」先生がオーラが見えるようになったり、自動書記(オートマティスム)ができるようになられたのは、「森美智代」先生が甲田光雄先生の下で「生菜食療法」や「断食」をし始めてからでしたね。

 「森美智代」先生が身に付けられたこのような霊力は、私は個人的には必要ないと思っています。
 しかし、今の時代、霊性(精神性)の向上に関しましては、人間は誰でも必要に迫られていると思います。
 肉食(獣肉食鶏肉食魚肉食)の有無が「霊性(精神性)の有無」に関与している事実は、過去から様々な覚者たちが口を揃えて発している(上述のような)内容を見れば明らかだと思います。

 当ブログサイトのこういった記事を真剣にご覧になって頂いている方には、「食とは、心(精神)にまで影響を与えている」ということがお分かりになって頂けるかと思います。

 私は当記事にて、禅僧だとか覚者だとか聖者だとか言ったりしていますが、私は何も、みなさんに禅僧や覚者や聖者になってほしいわけではありません・・。
 私はただ、当ブログサイトに来てくださる方々にも、医学生化学栄養学では決して(絶対に)触れてはくれない、また、医学生化学栄養学の教科書だけではなかなか見えてこない、この世の奥の奥に潜在する『食の意義』について、何か感じて頂きたいだけなのです・・・。


 今現在、日本においても「自分の心がどうにもならない・・・」と悩み苦しんでいる人がたくさんおられます。
 近年では「心の病(精神疾患)」になる人が激増しています。特に「鬱病」が多発しています。
 そのような方々は『人間は心(精神)が主体(主役)である』ということを思い知らされていることでしょう。
 心(精神)がどうにもならなければ、人生にもろに影響するからです。

 「心の病(精神疾患)」とは、その人にとって必要として与えられていることも多いです。
 その人の時期的な事情から「あなたは、もうそろそろ、このことに気づきなさい」という理由で、「心の病(精神疾患)」がその人の心(精神)の成長のために(この世から、もしくは、自分の本体から)「与えられている」ということです。

 このことは、「心の病(精神疾患)」が激増している今の日本人において非常に重要な視点です。
 「心の病(精神疾患)」に苦しむ方々を、単に「キチガイ」などと誤解してはならないのです。
 これはとても重要なことですから、私は「安全で、効果の大きい断食 「週末一日断食」《改訂版》」記事の一番最後にて、このようにお話しさせて頂きました。少し長いかもしれませんが、ご覧になってみてください m(__)m



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 甲田光雄医学博士は「断食の尊さ」をよくご存じであられ、少食や断食の「栄養を抜く時にのみ現われる体の力少食や断食という「食べない方向性」の時にのみ現われる体の力上記の【断食の効用】です)」を甲田療法に大きく取り入れて、数多くの難病患者さんを救ってこられました。甲田先生は、この “食の真理” を『マイナス栄養』と表現されています。

 『マイナス』とは一見 “つまらなさそう” に見えますし、まるで “損した” ように映ることもあります。
 しかし、この『マイナス』にこそ、プラスには存在していない『大いなる力』が潜んでいるのです。
 この『マイナス』の価値を悟り、この『マイナス』を受け入れた時に、その人は『大いなる方向に進んで行ける』のです。

 私たちの人生の途上で起こる「一見、マイナスそうに見える出来事」も同じですよ♪
 そこにも、ちゃんと、人生の大いなる『マイナス栄養』が潜んでいるのです。
 『マイナス』になっていたかのように見えて、気づいた時には、ビックリするくらいの『大いなる栄養』になっています。
これは、たいていの人は “死後に” 気づきます。人間の人生を “終えた後に(帰幽した後に)” 気づくのです。人間は死後にその現象〔自分の人生に起こった『マイナス』の現象など〕の意味に “ようやく” 気づきます。そして、この世には「不平等」など何ひとつなく、奥の奥の、そのまた奥の視点から見れば「すべてが平等」であり、自分が人間として与えられた人生の途上に起こった出来事のすべてが「必要として」起こっていたことを知るのです。自分の歩んだ人生の内容の多くが、自分が人間界に人間として生まれる前に「自分で決めて、自分で設定した」ものが多いです。
 人間は、人間界に人間として生きている間に、その現象〔自分の人生に起こった『マイナス』の現象など〕の意味に気づける人はほとんどいません。たいていの人は「ストレス」や「愚痴」で終わったり、無視して流してしまったりして、本気になって見つめることはありません。それは、この世の奥深き「深淵なる知識」を何も知らず、また、知る気すらなく、その素養も力もないために、それ〔自分の人生に起こった出来事の意味〕に気づくための “きっかけ(接点)” が無いからです。
 でも、人間はこれ〔自分の人生に起こった出来事の意味〕から何かを学ぶために、この雑多なる貴重な人間界に生まれてきた要素がありますので、人間として人間界に “生きているうちに” 気づくのが賢明です。この素養のある人が、『真実』にたどり着くのに一番近い人たちなのだと思います。そのような人たちは「人間界レベル」で終わらない人たちであり、人間界を超えた視点を持ち合わせた人たちなのでしょう。今後は、そのような「通常の人間の意識を超えた」人たちが、この人間界にも増えて行きます。
 まずは、人間である「自分」を真剣に見つめ抜くことからがスタートラインです。自分を見つめる〔見抜く〕素養の無い人が「自分以外の存在」を見つめる〔見抜く〕力は生まれませんから・・。
 すべては「自分が起点」であり、自分が知るべき答えはすべて「自分の内奥」に潜在しています。人間は『自分に育てられ、自分から教えられる』ようになっているのです。「自分の外側」を見ていても、本当に重要なことは何も分からないのです。
 「自分の外側」にある〔学問を含む〕事象のすべては、感謝して受け止めるべき『貴重な資料』です。しかしながら、それはあくまで「資料」であって、自分の知るべき「本当の答え」がそこ〔自分の外側〕にあるわけではないのです。「自分の内奥」から『自分オリジナルの答え』を見出すための「道標」として、「自分の外側」にある〔学問を含む〕事象が自分に提供されているのです。ですから「自分の内奥(本性本心)」を大事に見つめてあげましょう! そこ〔自分の内奥本性本心〕に、自分の知るべき「本当の答え」である『真実』と出会うための道筋が用意されているのです。この道筋は、人間は誰にでも必ず与えられています。要は、その人が『ココ』に気づけるか否かの問題なのです。ぜひぜひ、人間界に人間として生きている間に『ココ』に気づいて行きましょう! そのほうが断然、お得〔〕です♪


 『人生のすべてに無駄はない』というのは、実在する『真実』です。
 人間の人生には「必要なこと」以外は絶対に起こりません。この世は、そのような設定になっているのです。
 人間の人生に起こる現象は、すべてが必ず「必要として」起こります。
 それは、『因果律カルマ・業原因と結果』という摂理(法則)によって、この世のすべてが回っている(めぐる)からです。宇宙も、自然界も、人間界も、人間の科学や医学でさえも、この『因果律原因と結果』に支配され、従っています。

 『マイナス』の現象や『マイナス栄養』という摂理(法則)だって、この世に「必要として」存在しています。
 これは、例えて言えば、『断食医学』や『断食医療』から見ますと、食事面の『マイナス(食べない』を身に得なければ、上記の【断食の効用】という『大いなる力』は決して得られないわけです。食事面の『マイナス(食べない』の中には、食事面の『プラス(食べる)』だけでは決して得ることのできない『断食力』という『大いなる力』があるのですね。
 ここに現わされている “断食の真理” は、『マイナス』の中にこそ、プラスには存在していない『大いなる力』が潜んでいることを明示して打ち明けているのです。これぞ、『マイナス栄養』の価値と意義です。

 つまり、『マイナス』でさえ、『大いなる力』を獲得するために「得ていた与えられていた)」ということなのです。
 人生の途上で起こる『マイナス』の現象はすべて、やがて『大いなる力』を得るために、この世から頂いているのが『真相』です。霊学の中には「人から悪口を言われたら感謝せよ!」という言葉まであるくらいです(笑)
 みなさんも、この世に実在する『マイナス栄養』の摂理(法則)に触れて、ご自分の人生に活かされてみてください♪


   どれほどつらい『マイナス』の現象でさえ、『カルマの清算』として、自分や家系に「必要として」起こります。
    これは、過去の「因(原因)」を「果(結果)」として発現させて「消化する」ために起こる『昇華現象』です。
    悪因悪果として自分の目の前に現われる(発現する)のが『マイナス』の現象ですが、
    これは「大いなるプラスの方向に向かうため」に起こる現象であり、やがて『大いなる力』を得るためにあります。
    『大いなる力』というのは、精神的な「気づき」や「悟り理解)」のことが多いです。
    人間の「気づき」や「悟り理解)」は『大いなる力』を生み出す元になるのです。

    例えば、現代の日本には、外国の先進国と同様に「精神病(精神疾患)」が多くなってきていますが、
    この「精神病(精神疾患)」も単なる苦しみのためにあるのではなくして、
    あえて、精神を患うこと(マイナス)により、精神が正常であるうちはとても理解できないこと・・、
    つまり、通常の精神状態ではとてもたどり着けないような「気づき」や「悟り理解)」を得る(プラス)ために、
    今の人類の時節に、用意周到に仕組まれていた「この世からの恩寵」なのです。
    それは、今の人類がこの先、この地球で健全に続いて行くためには、
    もはや「物質文明」よりも「精神文明」にシフトしなければ、おそらく、地球の人類は滅ぶ可能性が大でしょう。
    今も、地球への破壊が激しいですからね・・。これは、みなさんも、それぞれに感じていることだと思います。
    「精神文明」を開花させるには、人類の精神の “飛躍的な向上” がなければ叶いません。
    今の人類の精神性では全然足りませんが、では、どうしたら、人類の精神が “飛躍的な向上” を果たせるのか・・・?
    それには『心(精神)を病む』ことなのです。

    よく考えてみてください・・。

    病気をしたこともない人が、健康について考えることがあるでしょうか?
    体が健康な人は “健康でいるのが当たり前” になっていますから、健康のことなど考えることもしないですし、
    「健康とは何か?」なんて知る由もないのです・・・。
    しかし、体を患い、体の健康を失った人は、そこでようやく「自分が今まで健康でいたこと」に気づきます。
    そして、健康について考え、健康について知り、健康を求め、『健康を得る道』を歩み始めることができるのです。
    これは、当ブログサイトに来てくださる癌患者さんならば、切実にお分かりになって頂けると思います。

    当ブログサイトに来てくださる癌患者さんならば、きっと、食事療法などの自然療法で癌に対応されているでしょう。
    もし、ご自分に癌が発見されなかったとしたら、食事療法などの自然療法でご自分の体を労わっていたでしょうか・・?
    やはり、ご自分が癌になったからこそ(癌になったことが “きっかけ” となって)、そこでようやく、
    食事療法などの自然療法を始めることができ、体のためになることができるようになったのではないでしょうか・・・?
    癌患者さんの中には「癌になったことが “きっかけ” となって食事療法を始めたお蔭で、癌が改善しただけでなく、
    他の持病まで改善してしまい、今は健康そのものです。今では、癌になったことに感謝しています!
」という、
    癌に感謝さえされている癌患者さんがおられますが、これぞ、癌を通して『マイナス栄養』を得ている姿です。
    体を患えばこそ、かえって逆に、その患い(疾患)が『真の健康』を知るための道筋となるのです。
    これが “病気の真理” であって、『病気は「健康とは何か?」を悟らせるためにある』のです。

    同様に、「精神病(精神疾患)」を身に得ることで、ようやく『心(精神)とは何か?』について帰着できます。
    ここに、「精神病(精神疾患)」になるまでは、
    今までま~ったく気づくことができなかった『健康な心(精神)とは何か?』『健全な心(精神)とは何か?』という
    学びの道筋が得られるのです。
    「精神病(精神疾患)」になられるような方は、通常の人よりも、もっと深い精神性(心質)へとたどり着くために、
    その人の時節として「意図的に」与えられています。
    「自分で」自分に与えている人もいます(「奥の自分」「自分の本性」から必要として与えられている人もいます )。
    このような方々は、これからの「精神文明」の世に一番必要とされている方々です。
    いまだに世間では、精神病患者(精神疾患者)を「キチガイ」扱いして中傷している人たちが多くいます。
    この人たちは、物事の奥の奥の奥の姿がまったく観えないために、『無知』の中で馬鹿げたことを繰り返すのです。
    ハッキリ言って、ご自分が損をしています・・(ご愁傷様です・・・)。

    現代の日本には「精神病(精神疾患)」に苦しむ方々が非常に増えていますので、私はそのような方々にですね、
    上述のようなことを少しでも感じてみて頂いて、ご自分に自信を持って頂きたかったので、
    若僧が生意気なことをまた書いてしまいました・・、すみません・・・(涙)


    私から観れば、この人間界は「真相はすべてが真逆」なのではないかと思うほどです・・。
    まったくもって、この世は、こうした「トリック」が本当にお上手です♪
    人間界にバラ撒かれた、この「トリック」が、人間をより高度な生命体へと強制的に推進させて行くのでしょう!

    でも、本当につらい『マイナス』の現象というものは誰でも嫌ですし、避けたいものです。
    これを唯一避けることが許されるのが『善行による悪因悪果の相殺打ち消し合うこと)』です。
    日本には昔から『陰徳善行を行うこと』という思想がありますが、これは単なる思想ではなくして、
    『陰徳善行を行うこと』とは、現に実在する『善行による悪因悪果の相殺打ち消し合うこと)』のことです。
    『陰徳善行を行うこと』を行うことによって「善徳貯金」が蓄えられて行き、
    その「善徳」の分量によって悪因悪果が相殺されて(打ち消されて)、つらい『マイナス』の現象が免除されます。
    これは、完全に『自力』の範囲になります。

    『マイナス』の現象の価値を「不満だらけで終えて」自分で潰すこともできますが、私はそれは薦めません。
    必ず意義があって起こる『マイナス』の現象ですから、これを自分なりに理解しつつ、
    『マイナス』の現象を自分なりに誠実に活かしながら、大いなるプラスの方向へと前進して頂きたいと願います。
    そこには、必ず『大いなる力』が潜んでいます。
    自分なりに真面目に向き合えば、重要な「気づき」や「悟り理解)」を得られることが非常に多いです。
    ここにたどり着いた時、その人は『マイナス栄養』という名の『大いなる栄養』を獲得しているのです。
    この『大いなる栄養』は、お金では決して買えない、お金では絶対に得られない『自力』の賜物なのです。

    人間社会を生きるには、お金という道具は必需品であり、お金もなく生きれる人はひとりもいません。
    だからこそ、お金には、多くの人が気づけない「トリック」が仕組まれているのです。
    お金という道具に魅せられ、拝金主義に呑み込まれて、精神的に腐敗している方々が社会には多いですが、
    お金という道具は、この人間界「だけ」に存在する、人生の貴重な貴重な「トリック」であり、
    お金の真の意味とは何か・・、お金の真の役割とは何か・・、お金の真の価値とは何か・・・、
    人間は、お金とどう向き合い、お金をどう選び、お金という道具にどう感謝し、
    お金という道具をどう支配して行くべきなのか・・、いや・・、すでに人間がお金に支配されていやしねぇ~かぁ?
    癌産業のみなさん、人命よりもお金を選んじゃって、ホントにホントにいいのですかァ~~!!! などなど・・・、
    このような『お金を通して得たる学び』が、この人間界「だけ」に数々ある(用意されている)のです・・・。

    この文明社会の中に生きる私たち人間は、お金に関わらない人はひとりもいません。
    人の人生というものは、お金の海の中を泳ぎつつ、お金の海に呑み込まれつつも、
    お金では買えない貴重なものに気づき、それを探し出すための『心の旅路』をしている要素があるのかもしれません。
    そういった意味でも、人間はお金の「トリック」に、ず~っとお世話になっているのでしょう。
    人生で必死になって得たお金や地位や財産、土地、家屋、物品などは、最後は自分の目の前から悉く消えて行きます。
    人生の最後の最後に残るものは、『人生の旅路』を経て成長を遂げた「自分の心だけ」です。
    自分の心「だけ」が永遠に残る、唯一無二なる財産なのです。

    この『自分の心』を無視してもいいのか・・、『自分の心』を成長させないでいいのか・・、
    『自分の心』を欲まみれにしながら放ったらかしにして「手入れ」をしなくてもいいのか・・・、
    これは、地球の人類における、これからの “共通的な課題” だと思います。
    (やっている人は、もう~ とっくの昔からやってますけど・・・

    『自分の心』さえ見つめられない人に、『他人の心』を見つめられる力はありません。
    『自分の心』の奥の奥の奥に根ざす「本性本心」を知る人こそが、『他人の心』を真に理解できるのです。
    まずは、『自分の心』の奥のほう(メッチャ奥のほうです)にある自分の「本性本心」を、
    『自力』で解き明かしながら、『自力』で成長させて行きましょう!
    それが、『他人の心』を本当に知るための、『他人の心』を本当に理解するための『大いなる力』となります。

    やがて、『自分の心』=『他人の心』であったことに気づき始め、
    「自分」も「他人」も、“ただ単に、現われ方が違うだけだったァ~” という事実に何だか驚き、
    結局、「自分」=「他人」であったことに、これまた何だか、“ポンッ” と気づかれる日が来るでしょう♪

    人間が「神様」とお呼びしてきた「高次元の存在」も、私たち人間の先輩にあたる「先祖霊」や「諸霊」も、
    また、この人間界で同じ時代を生きている自分の「両親」「兄弟」「家族」「身内」「周りの縁ある人たち」も、
    そして、この人間界に生きる「すべての人たち」も、さらに、この人間界の「すべての生命存在」も、
    みな、すべて『違う自分の現われ』なのです。
    だから、「神様」一柱の存在と、「人間」一人の存在と、また「世の生命存在」一つの存在と、
    その存在価値はすべて同等です。それぞれに「現われ方」が違うだけなのですね。
    自分以外の存在はみな、自分が「違う姿」で現われているに過ぎません。
    「神様」=「先祖霊諸霊」=「自分」=「他人」=「世の生命存在」=「違う姿で現われている自分」なのです。

    本当は、この世には「自分しかいない」のが真相であり、この世には「私しかいない」のです。
    この世の根源である『大いなる私根源存在)』が分派派生して様々な「現われ方」をして顕現し、
    それぞれの段階程度に応じた「違う現われ方」をして、それぞれの「私」として存在しています。
    この世は、すべてが “一つ” で「一つの生命存在(大いなる私)」であり、
    この世に存在するすべてが、それぞれの段階程度に応じた「違う現われ方」をしている「違う私」なのです。
    ゆえに、正確に言えば、この世には、個人的な「私」など存在していないのが真相であり、
    この世の奥の視点から観れば、この世は『大いなる私』がただ「一つ」だけ存在しているのみなのです。
    インドでは、この『大いなる私』を『真我』と言います。人間ならば、誰もが自分の「右胸」に宿しています。
    この世のすべては、根源である『真我』一つが分派派生して様々な存在として現われ、
    それぞれの段階程度に応じて「違う現われ方」をして顕現して躍動し、
    世の「共同生命システム」の仕組み(摂理)の下で、自分と縁(えにし)ある「違う自分」と切磋琢磨し合いながら、
    自分が何者か知るために、そして、自分を成長させるために、共に存在し合っているのです。
    この世の進行方向とは『浄化』『成長』でしかなく、
    私たち人間も、それぞれに『浄化』『成長』の方向に進んで行くことが望ましいのです。
    最後の最後にわけの分からないことをお話ししてしまい、ホント、ごめんなさい・・・(涙)



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 私がここでお伝えしたかったのは、「心の病(精神疾患)」には、この世から提供された『マイナス栄養』という奥深い意義と意味が必ずある、ということです。この世の現象面のすべてにおいて、意義と意味の無いことなど決してありません。起こる現象には、必ず意義と意味があります。それは、科学の法則を見れば明らかです。
 しかし多くの人が、科学を離れたことに関しては、この「この世の現象面のすべてに、必ず意義と意味がある」という事実がピンボケしてよく観えなくなってしまうようです・・。

 現代の先進国や日本において多発生しているこの「心の病(精神疾患)」の激増化現象は、何となくそうなっているわけではなく、今の地球の人類の重要なる(地球の人類が滅ぶか続くかの)「過渡期の時節」に計画的に用意されていた現象です。
 人間思考しか持ち合わせていない人は「精神疾患者」を単に心(精神)が病んだ「キチガイ」だと勘違いしている人が世にはまだまだ多いですが、これは本当に大間違いであり、完全に心得違いをしています。

 心(精神)が病むのは『人間の正体は心(精神)である』という事実に気づかせるためです。
 「心の病(精神疾患)」は現代に急速に激増してきた疾患であり、昔はほとんどありませんでした。
 これは、昔の人類にはまだ時期早尚(まだ時が早過ぎる)であったためです。
 昔は(この5000年間は)物質文明のほうを優先して進歩させなければならない時期でしたが、今は物質文明が充分に発展し、地球の人類は今、精神文明のほうを高度に引き上げていくべき時期を迎えています。しかも、地球の人類の精神文明を急速に発展させなければ、もはや、地球の人類が滅ぶ段階まで来ています。

 地球の人類の精神文明を急速に成長させるために絶対に必要なのは、人間に『人間の正体は心(精神)である』という事実を悟らせることが必須です。「心(精神)の有無」の重要性に帰着できてこそ、人間は精神成長を遂げることができます。
 そこで「心(精神)の有無」の重要性に帰着させるのに一番手っ取り早いのが(最適なのが)「心(精神)を病ませること」なのです。心(精神)が病めば、自分の心(精神)を一気に見つめる手段となり、人間は心(精神)の存在について思いっきり考えさせられます。

 上述の如く、病気になったことのない人は「健康とはどういうものか」すら知りません。
 健康でいることが当たり前すぎて、健康のことなど考えなくて済むからです。
 病気を起こす前に「健康を意識して身体を気遣う生活」に進める人もいますが、健康について本気で帰着するのは、多くの人は病気を経験してからではないでしょうか・・。

 これと同様に、心(精神)を病んだことのない人が、心(精神)について本気で帰着できる人は非常に稀です。
 また「心の病(精神疾患)」にまでならなくても、様々な悩みを抱えて人生に行き詰るような経験をしたことのない人では、心(精神)について本気で帰着することは難しいでしょう。「楽しいィ~♪」だけの人生を送った人は、結局、心(精神)など何も分からずに人生を終えることになるでしょう。
 人間が「心(精神)の有無」「心(精神)の価値」に急速に気づくためには、「心の病(精神疾患)」や「心の悩み」を深く抱えるのが一番であり、特に「心の病(精神疾患)」による「心(精神)への帰着効果」は抜群に効果します。
 つまり、今の地球の人類の心(精神)を急速に成長させて高度な精神文明を築かせるためには、今、心(精神)の成長が期待できる人の心(精神)を「あえて病ませる」ことが必要なのです。私たち地球の人類は、もうその時節を迎えているのです。

 これは、少し考えればお分かりになられるはずです。
 地球の人類はこの100年間で急速に物質文明を高度に成長させましたが、同時に、大規模な戦争が数々あり、地球への破壊行為汚染行為はいまだ止まず、もはや、世界中で「地球はあと、どれほどもつのか・・」「(地球の)人類は滅亡を免れることはできるのか・・」と議論されているのは、みなさんもご存知の通りです。
 地球に暮らす人間たちがこの愚かな行為を継続するわけは「拝金主義」に心を呑み込まれているためであり、精神的に幼稚な「我良し」精神の何ものでもありません。この愚かな行為に終止符を打つための唯一の手段は何かと言えば、地球の人類の精神を急速に成長させ、高度な精神文明を築かせることなのです。これ以外に、一体、何がありましょうか・・・。

 地球の人類の心(精神)を急速に成長させ、高度な精神文明を築かせるためには、やはり『人間の正体は心(精神)である』という事実に気づかせることです。そして、奥の奥の『真理』を地球の人類に悟らせることです。
 ゆえに、地球ではこの100年間、世界中で『スピリチュアリズム運動(霊的浄化の大運動)』が(霊的生命次元世界からの誘導により)自然と勃発し、今日では「精神世界」などと呼ばれる「霊的なもの」が一般化してきています。
 しかし、これらは個人の「ご利益」や「都合勝手なもの」を狙った「スピリチュアル・ゴッコ」をするためのものではなく、地球の人類が今まで伏せられていたこの世の『真理』を知り、精神文明を急速に発展させるための非常に崇高なものです。

 今現在、地球の人類の精神文明を急速に発展させるため、人間の心(精神)の成長を促すための「世の動き」が様々起こっています。「霊学」や「精神世界」の内容が急速に発展してきたのもその一つですし、そして、世界中の先進国で「心の病(精神疾患)」が激増しているのもその一つです。

 上述しましたように、今「心の病(精神疾患)」になっている人は、この世から「心(精神)の成長を一番期待されている人たち」です。苦しいかもしれませんが、「心の病(精神疾患)」は苦しむためにあるのではなく、心(精神)が深く成長できる準備の調った人の心(精神)を急速に成長させるために「与えられて」います。事実は真逆なのです。

 世間には「精神疾患者」をいまだに平気で「キチガイ」扱いしている恐ろしく幼い大人たちがまだまだ非常に多く、私は言葉もありません。こういったことを知る人は世間にはまだ少なく、また、これを伝えてあげられる大人も非常に少ないです。
 なので、当ブログサイトに来てくださる方々や、「心の病(精神疾患)」に苦しんでいる方々に何か感じて頂きたいと思い、私のような市井の若僧の話で申し訳ないのですが、私なりにお話しさせて頂きました m(__)m


 私の知人でも「心の病(精神疾患)」に苦しむ人が何人もいます。
 そういう方々には「医学生化学栄養学を超えた視点から、一度、食というものを見つめて直してみてほしい」と、私はずっと思ってきました。

 ですから、私は何も「霊学」を知ってほしいのではなくて、「霊学的な視点」を通して「食と身体と心(精神)とのつながり同時相関性)」を知ってほしいのです。

 この「食とは、人間の心(精神)まで養っている(育てている)要素がある」という事実に関して、果たして、現代の普通食(医学生化学栄養学が公認する白米食部分食肉食など)のようなもので本当に良いものかどうかを、当ブログサイトの記事を通して一度「霊学的な視点」からも触れてみて頂き、何かを感じてみてほしいのです。

 「精神薬」というものが、すでに「身体と心(精神)とのつながり」を打ち明けています。
 「精神薬」が直接作用しているのは、心(精神)ではありません。
 「精神薬」はまず身体に作用してから、身体を通して心(精神)に作用を及ぼすのです。
 ご自分に「精神薬」を投与する前に、私が当ブログサイトでお話しさせて頂いていますような、「食養学」的な、「霊学」的な「食の力」を、まず真っ先に「心を正す手段」として活かされてみてほしいのです。

 人間の本当の正しき食「正食」とは一体、何であろうか・・・?
 「食の力」とは一体、どこまで作用しており、人間の心身にどのような影響を及ぼしているのか・・・?
 このことについて、みなさんにもご自分なりに何か感じて頂けたら幸いです。
 そして、ご自分が納得でき、ご自分で無理なく実行できるものがありましたなら、できるところから食養による「食の力」を日常に活かして頂きたいと願っております m(__)m