私の好きな言葉です。
 この言葉の中から、みなさんも何か感じてみてください m(__)m




  郭 沫若〔かく まつじゃくGuo Moruo〕(中華人民共和国の政治家文学者詩人歴史家参照


    一個の人間にとってもっとも恐ろしいのは、気がつかないということです。
    気がついてしまえば、救う方法はあるものです。


      私は、この言葉には感服します。
       人の人生には、「気づかない」ことが災いを呼ぶケースが多くあるものです。
       これはもっと言えば、その人は「気づかない」というよりも「気づけない」のです。
       その人がそれに「気づける」というのは、
       その人が「それに気づく」ための素養(身に付けた技能や知識)があればこそです。
       その人に「それに気づくための素養」が何もなかったならば、
       その人はやはり、それに「気づけない(気づくことができない)」ことでしょう。

       ですから、大事なことに「気づく」ためには、常日頃の自分が、何を考え、何に意識を向け、何に興味を持ち、
       何を(自分の中に)迎え入れているか、これが重要だと思います。
       この積み重ねによって体得した素養の蓄積が、いざという時に、
       自分が「気づく(気づくことができる)」という結果となって現われてくるのだと思います。

       人間は、自分が何に心を向けて嗜好するか、その自分の「心の動き」によって素養の色が決まり、
       その素養によって「気づき」が得られ(素養の内容によって「気づきの内容」が決まり)、
       その「気づき」によって、自分の歩む方向性、自分が進む方向性が決していくように思います。

       「心の動き(心の嗜好性)」「素養(知識知恵感性の獲得)」「気づき(人生を左右する羅針盤)」
       という流れを、私は強く感じます。

       この流れを自分の中に正しく持てるように、
       「正しい知識知恵」や「正しいことを惜しみなく伝えてくれる人」との縁(えにし)を感謝と共に大事にし、
       心素直に大切にしていきたいものです。

       「気づき」にも熟成があると思います。
       考えに考えつくした結果として、その思考の数々がようやく熟成することで、
       自分が大なる「気づき」へと進んで行けるのだと思います。
       「心の在り方」と「思考の蓄積」が熟成して得たる「気づき」、
       これが、自分のこの先を左右していく重要な羅針盤となるはずです。
       「心の動き」や「思考」というものを正しく持ち得て、
       大なる「気づき」が得られるような「自分づくり」を日々重ねていきましょう!

       私は「自分は一体、何に気づくべきなのか」をよく考えたりします。
       人間には「気づくべきこと」がたくさんあるはずだからです。
       アホッタレな私はなかなか気づけないことが多いですが、それでも諦めずにやっています・・(汗)

       より多くの「気づき」が得られた人のほうが、より多くの「正しい思考」が回るように思います。
       上記の「心の動き」「素養」「気づき」の流れは、「気づき」からまた「心の動き」へと戻り、
       「心の動き」「素養」「気づき」⇒⇒「心の動き」「素養」「気づき」⇒⇒「心の動き」・・・
       という循環廻り(回って戻る)となり、“⇒⇒” のある度に自分の心や思考が進歩していきます。
       大なる「気づき」が得られた人は「心の動き」が変わるからです。
       「気づき」によって「心の質」が変われば「素養」も変わり、さらに「気づき」も変化します。
       「気づきの質」は「心の質」が左右します。「気づき」の本質は「心の質」にあるのです。

       中にはマイナス思考によってマイナス循環マイナス廻りになってしまっている人もいるでしょう。
       ですから意識的に、プラス循環プラス廻りができるように心がけていきたいものです。

       私も、少しでもいろいろな多くの大事なことに「気づける」ような奴になり、
       “⇒⇒” を多く持てるようになりたいと思います。
       当然、プラス循環プラス廻りコースで行きたい(生きたい)と思います♪



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郭沫若