飽食で溢れ返っている現代の日本とは違い、食べるものがろくになかった明治時代に生まれた私の曾祖父母は、父方も母方も、みな80歳代、90歳代まで生きています。父方の曾祖父は80歳代で、曾祖母は94歳。母方の曾祖父母は92歳と94歳です。みな、日本がまだ貧しかった頃の明治時代の生まれですから、現代のような栄養満点な食事など食べたこともない人たちです。明治・大正・昭和初期当時の日本では、まだほとんどの民間人が貧しい生活をしており、まともな食事さえ食べられない人々もまだ多かった時代でした。当時の写真の中に移っている日本人を見ますと痩せている日本人ばかりが目立ちますが、ここに、当時の日本人が「粗食(伝統的な和食)の少食をしていた」という痕跡を見ることができます。人間は基本的に、美食の飽食をしなければ太れませんからね。

 「昔の日本はろくに食うものがなかった・・」と、うちの94歳のお婆ちゃまからからも聞いています。でも、それで良かったのです。昔の日本人がいくら粗食を食べていたとしても、もし、たくさん食べて過食していたとしたら「健康や寿命まで食いつぶしていた」ことでしょう。私の曾祖父母のように、80~90歳代まではとても生きれなかったはずです。

 今では世間でもだいぶ知られるようになりましたが、粗食・少食は長命であり、美食・過食は短命です。
 たまに「昔の日本人はみんな早死にしちまった・・」などという言葉を聞くこともありますが、本当でしょうか・・?
 少なくとも、私の身内の御先祖様たちはそんなことはなかったようで、余計な病気もせずに、強健で長生きしている人が多いです。現代の日本人とは違って栄養満点の食事などまったく食べられなかった昔の日本人は、なぜ強健に生きることができたのでしょうか・・。

 その理由のひとつとして挙げられるのが「粗食の “少食” という食生活」なのですね。

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明治期の庶民の食事

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古代(飛鳥時代)の食事




 私は先に「昔の日本人がいくら粗食を食べていたとしても、もし、たくさん食べて過食していたとしたら、健康や寿命まで食いつぶしていたことでしょう」とお話ししましたが、この「いくら体に良い粗食であろうとも、過食(大食い)すれば健康や寿命まで食いつぶしてしまう」という認識が、食養において非常に重要なのです。このことをよく理解させてくれるサンプルが、うちの94歳のお婆ちゃまの “お婆ちゃん”、つまり、私の曾々々祖母です。

 うちのお婆ちゃまから聞いた話では、私の曾々々祖母は年中何かを食べていた(パクついていた)ぐらいの大変な大食らい者だったらしく、50歳代で寝たきりとなり、寝たきりとなってもコンニャクが大好きなので(時代を感じますね・・)、寝ながらでもコンニャクを年中バクバク食っていたそうです。そして、寝たきりとなって起き上がれないため、布団の中で年中糞尿を漏らしてしまい、「お婆ちゃんのお母さん(私の曾々祖母)は、その看病で大変な思いをしていたよ・・」と言っていました。50歳代で寝たきりとなった曾々々祖母はその大食らいを最後まで改めることなく、寝たきりのまま60歳過ぎで亡くなられたそうです。この話をお婆ちゃまから聞いた時、私は「うあぁ~、いくら体に良い粗食であっても、過食(大食い)したら何にもならないんだなァ・・」と思いました。
曾々々祖母はおそらく幕末か明治初期の生まれですから、当時の民間の日本人が食べていた食事なんて思いっきり粗食だったはずです。曾々々祖母は時代的に粗食育ちですが、なぜか大食らい者だったので、その長年の過食生活が曾々々祖母の短命を決定づけてしまったのです・・・:涙

 ちなみに、うちの94歳のお婆ちゃまは “超少食者” です。若い頃から、一人分の料理が食べられなかったと言っていました。当然、今もそうです。うちのお婆ちゃまが内臓病をひとつもせず、白内障の手術以外にこれと言った手術は一度もしたことがなく、94歳になった今でも「足が痛いィ~」「目がショボショボするゥ~」程度で済んでいるのは、“若い頃から超少食だった” ことから得ている恩恵なのです。

 お婆ちゃま自身は粗食をしてきたわけではなく、戦後、日本が豊かになってからは、白米食の「普通の和食中心の食生活」だったようで、肉食もいろいろとしてきています。しかし、その食事量がきわめて “超少食” であったために、知らず知らずのうちに「少食の力」の恩恵を得ながら生きていたので、大きな病気ひとつせずに元気に94歳を迎えられているのです。


 私は当ブログサイトで、何度もこのようなことを言っています。

 食養というものは、“食べる方向性” の食事療法だけを気にすれば良いのではなく、少食や断食といった “食べない方向性” まで見つめなければ、本当の食養にはなりません。
 食養は “食べること” を追及するだけでは不完全であり、真逆の “食べないこと” から得られる力まで組み合わせなければ、完全にはなり得ないのです。“食べる方向性” の食事療法と、“食べない方向性” の少食療法・断食療法の、相反する2つの方向性をバランスよく取り入れてこそ、食の力を全うさせることができるのです。
 つまり、これが、食の “相反する『陰陽の食理』” です。
 “食べる(
摂取プラス得る)” の「陽」、“食べない(排泄マイナス失う)” の「陰」、この相反する2つがそれぞれ異なる役割を担っており、これが一対となって食の働きがバランスよく生まれるようになっています。
 この “食の『陰陽バランス』” が正しく得られた時に、食の働きは正常に機能し、全うされるのです。


 通常、食養というのは(少食を少しだけ含んだ)「食事の質(中身)」だけの内容が多く、少食や断食の価値まで徹底して説かれているものは少ないのですが、私が個人的に「食養というものは、食べることだけを見ていても意味がない・・」と思うに至り、“食べる方向性” の「食事療法」と、“食べない方向性” の「少食療法」「断食療法」の、この3つを併せて『食養』と呼ぶようになったのは、この曾々々祖母の話をうちのお婆ちゃまから何度も何度も聞かされていたからでした。

 いくら体に良い粗食であっても過食(大食い)を続けてしまった曾々々祖母は60歳過ぎまでしか生きられなかった・・、ところが、白米食の「普通の和食中心の、肉食ありの食生活」であっても “超少食” で生きてきたお婆ちゃまは90歳を過ぎても元気でいる・・、この我が家の実地的サンプルが私に「食養の基本概念(陰陽の食理)」を教えてくれました。

 ここは決して忘れてはならない重要事であり、いくら粗食であっても、いくら体に良い食品を摂取していても、それを過食(大食い)してしまっては本当に何にもならない、ということを知って頂きたいです。必ず “少食” を意識されてください。
 安全な “短期間の断食(半日断食や週末一日断食など)” も活かしたほうが得策ですよ♪


 うちのお婆ちゃまは “超少食者” であったために94歳とは思えないほど元気ですが、しかし、「食養による粗食」をしていなかったために(つまり、白米食の「普通食による和食」であったために)今も「体のあちこちが痛い・・」などの体の不具合があります。お医者さんにかかっても、お医者さんには「90歳を過ぎているとは思えないほど丈夫な内臓をしていますね!」と褒められるくらいなのですが、それでも本人にしてみれば不満があるらしく、「足が痛いィ~」「腿が痛いィ~」「目が痛いィ~、目がショボショボするゥ~」「(化学医薬の副作用で)お腹が下るゥ~」と、年がら年中、ブゥ~ブゥ~言っています。
眼が痛い・・」というのは、白内障の手術を失敗されたためです。白内障の手術をしてから目の痛みが頻繁に出るようになったので、その目の痛みの根本原因は明らかに白内障の手術なのですが、医者はとうとう最後までそれを認めませんでした。医者が手術の失敗を認めると、訴訟などの、どんな責任を取らされるか分からないという “医者の不都合” があるのでしょう・・

 もし、お婆ちゃまが「食養による粗食」の “超少食” という食生活をしていたなら、今ある体の不具合は発生していなかったかもしれません。お婆ちゃまは私たち家族と一緒に暮らすようになってから玄米ご飯を食べるようにはなったのですが、もともと野菜がお嫌いなようで、父母のように生菜食は食べません。もう90歳を過ぎているお年寄りなので消化面を考慮して生野菜ジュースが良いと思うのですが、生野菜ジュースを絞っても、基本的に野菜はお嫌いなようで、ほんの少し摂取することもありますが、あまり気が乗らない時には “No, thanks!(いや・・、あたしゃ、いいよ!)” されることもあります・・・(涙)。

 お婆ちゃまは若い頃から “超少食” で暮らし、普通食ではありましたが、洋食はほとんど食べずに和食中心の食生活をしてきたお蔭で、内臓の異常は一切発生しないで済みました。しかし、その食事内容が白米食の「普通食による和食」であったため、年を取ってから体の細かな部分に不具合が出てしまったのです。これは「いやぁ~、年を取ったからねぇ~」で済まして良いことではなく、食事内容を「食養による粗食」にしていれば、それら体の不具合を発生させることなく回避できていたかもしれないのです。現に実地として、食養に近い粗食メニューの少食で暮らしていた「日本の長寿村」のお年寄りがそうでした。長寿村のお年寄りは病気や体の故障はひとつもせずに、無病息災で元気に100歳を越える長寿を全うしていました。このように、「食養による粗食」のメニューと「白米食の普通食」のメニューとでは、その積み重ねの結果が、長い時間をかけて体の細かなところに大きな差となって現われてくるのです。

 お婆ちゃまは白内障になりましたが、これは何も「年を取った」という理由で白内障になってしまったのではなく、普通食が原因で白内障になってしまったのです。今では医学的にも「白内障は食事が原因でなる」ことが分かっています。そして、粗食の少食によって白内障が治ることも分かっています。お婆ちゃまが “超少食” でありながら白内障になってしまったということは、よほど野菜が嫌いであまり食べてこなかったのでしょう。

 オォ~ お婆ちゃま・・、今からでも生菜食すればいいのにィ~(せめて生野菜ジュースだけでも・・・孫願)。


 人間に飼われているペットのワンちゃんは、人間と同じように癌や白内障になります。あれは、ペットのワンちゃんが人間と同じ食物を食べているから、動物でありながら人間のように癌や白内障になってしまうのです。自然界の動物は、癌にも白内障にもなりません。それは、天然の食物を生食しているからです。つまり、火食をせず、調理をせず、精白食品や加工食品を一切食べないからです。人間のように加工食品(微量栄養素であるビタミン・ミネラル、酵素の欠けている欠陥食品)を食べているペットのワンちゃんは、やはり、人間と同じように癌や白内障になってしまうわけです。
ペットのワンちゃんは癌や白内障の他にも、人間と同じような様々な病気をしますが、それは人間と同じような食事を取っているのが根本原因なのです。これは「ある事実」を打ち明けています。それが以下の事実です

 世間に現われているこの実地は絶対に甘く見てはいけません・・。天然の食物を生食している自然界の動物は人間がする病気にはならず、ペットフードという加工食品ばかり食べているペットのワンちゃんは人間と同じような病気ばかり起こしている・・、この実地を見つめれば「人間の病気は、精白食品や加工食品などの普通食が原因で起こっている」という推測がつくはずです。これは実に単純な「実地の姿」ですね。

 また、畜産の畜獣もペットのワンちゃんと同じです。畜獣には飼料が与えられていますが、特別な酪農家以外は、畜獣に与えられている飼料は「化学飼料」という加工食品であり、しかも、病気を出させないために「ビタミン剤」「抗生物質」などの化学医薬が大量に混入されています。化学飼料という加工食品で育つ畜獣たちは必ず病気を引き起こすことが分かっているので、病気を出させないための処置として、化学飼料には最初から「ビタミン剤」や「抗生物質」などの化学医薬が大量に混入されているのです。「精白食品や加工食品は病気を引き起こす原因になる」ということは、医学的にも分かっているのですね。

 でも、栄養学はこの重要事を何も言わないわけです。
 いえいえ・・、食品業界に迷惑がかかっちゃうので、栄養学は本当のことなど何も言えないのです・・・。

 こういう実地を素直に見つめることで、(マクガバン・レポートが言う通り)人間がなっている “ほとんどすべての病気” は食事が原因で引き起こされている『食原病』である、ということを理解していくべきです。それを知ったその上で、普通食(現代食)から離れる価値、「食養による粗食」をする価値、少食に進めていく価値などについて、世間の皆様にも何か感じてみて頂きたいと思います m(__)m

 今後も栄養学は『本物の食事指導(食養指導)』など何もしてくれないはずですから(アメリカをはじめとする欧米の栄養学の食事指導は、すでに日本の食養学の内容に近づいてきています!)、栄養学の指導など当てにせずとも、自ら食養を見つめ、自分に不要なもの(有害なもの)はどんどん捨てて、自分に必要なもの(自分を改善させるもの)をどんどん取り入れ、自分や家族の生命を守る「取捨選択」を図っていきましょう!