「甲田光雄」医学博士の著書『「マイナス栄養」のすすめ - 少食健康講話』の【抜粋集】です。
 甲田光雄先生が「少食」や「断食」を通して見つめた『食養観』や『人生観』について熱く語られています。
 非常にためになる内容なので、ぜひご一読されてみてください。よろしくお願いします m(__)m



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「マイナス栄養」のすすめ 少食健康講話 

甲田光雄(著) 春秋社 2000年刊

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甲田光雄 医学博士



「治ったらなんでも食べられる」という希望でなく、
 「これから少食になっていく。そして、本当に簡素な生活で満足できる人間になっていく」ことを、
  目標に置いたほうがよかったのです。


大飯を食べては「ならぬ」とか「してはならない」というのは、
  自分を抑え、辛抱し、ストレスをためていることになるから成功しないのです。
  それよりも、「少食になりたい」「こんな少ない食事でやっていける体になってきた。なんと嬉しいことではないか」
 「簡素な食生活で満足できるような人間になりたい」と思うほうが成功するのです。


自分の運命を変えるのは、したがって想いを変えなければいけないわけです。
  想いを変えて、毎日毎日、それを強く想っていると、それがだんだん実現していくのです。
  だから、どんな人間になりたいかをよく考えて、それを毎日毎日、頭の中に浮かべて、
  潜在意識の中にたたき込んでおくと、大きな力になります。


朝御飯抜きという一つの行動が七年たったら習慣になります。


毎日毎日の行いをするには、そのときの想念が原動力になります。この想念が自分の行いを決定します。
  どんな想いを持っているかという人の想いによって、その日が決まります。
  それが積もり積もって習慣になり、体質になり、性格になっていくのです。
  毎日どういう想いを持つか、朝の誓いと夜寝る前の反省を繰り返し、抜かしてはならないのです。
  もしみなさんが本当にこういう人間になりたいと想ったら、それを想い続けていけばいい・・・。
  必ず、そういう人間になれます。


本当に健康になりたいと想ったら、どんな苦しみがあってもそれをやり通す、できない場合は想いが足らない・・・。
  これは名言ですなあ。


自分が修行を積んで、徳を磨いて、いろんな悩める人たちを救ってあげたいという、お釈迦さんかキリストのように、
  人生の大きな目標を立てておられる方もあります。


健康になって、何をするかが問題です。


さて、高い目標を掲げて、それを達成するためには、やっぱり、いい習慣をつくっていかなければならん。
  何をするかというと、悪い習慣をいい習慣に変える。すなわち、悪い癖を直すということです。


まず、自分はこの世で何をしたいのか、そこから目標が生まれる。


みなさんがやっている食養生は、三年続けるとだいたい習慣になって、
  いつの間にか体質が変わってしまっていることに気づくでしょう。
  一時的になんぼ気張ってもあかん。習慣にならないかんのです。
  七年経ったら、朝飯など、なぜ食べるのかと想うように変わってしまう。
  現在では、朝御飯食べるなど考えられませんわな。


30年、40年、50年と一つのことに打ち込める人というのは、
  よほど意志の強い人、信念の深まった人でないとできないことです。


どんな使命を受けて、この世に生まれてきたか・・・。


あなた方は「この世に何をするために生まれてきたのか」という使命ですね。
  この世でどういうコトをせよと神様から使命を与えられたんだろうかということを、まず感じ取らねばなりません。
  そして、感じ取ったものを、今度はそれを成就するために命をかけてやり遂げなければならないのです。


何遍(なんべん)も壁にぶちあたり、そのたびに、
 「もうあかんのとちがうか・・・、もうやめとこうか・・・、方向転換したほうがええのと違うか・・・」、
  そんなことを何遍も考えると思いますよ。
  そういうところを乗り越えながら、道が開けてくるのです。


みなさんがある一つの基本をしっかりつくって、その基本の上に立って、もう一つ上の段階に上がっていく、
  そういうことをしなかったら健康にはなれない。


どうしたら、そういう力量を高めていけるか?
  それはあなた方が自分の思いを重ね、その思いを実現させるために、毎日毎日 精進努力する以外にはないのです。
  初心を忘れないで、今日も一日、しっかり頑張ろうという精進努力の積み重ねが、自分の力量をつくっていくわけです。
  毎日毎日、努める、努力することが、何十年と経ったら、いつの間にか力量ができてくるわけです。
  そう簡単に人間というものは変わるものではない・・・。
  二十年、三十年、一生かかって努力しても、それほど変わるものではないとわかるでしょう。


悪い癖を直すとはどういうことかというと、自己中心的な考え方があまりにも強い、それが「悪い癖」なんです。
  一日が終わって夜寝る前に、どれだけ人様のためにお役に立つことができたか、静かに反省します。
  この誓いの言葉を毎晩寝る前によう考えてみてください。
  朝から晩まで、人様のためにどんなことを考えたか・・・。
  朝から晩まで、自分のことばっかり考えとったことに気がついて恥ずかしくなってしまいます。


わたしでも初め、本当に、朝から晩まで、自分のことばっかり考えておった。
  それで力量がつくと思いますか・・・。
  断食するのでも、ただ自分の病気を治すためにしていたんですね。


ガンジーさんなんかが断食するのは違う。
  みなさんの餓鬼の念をとってもらうために、自分の食べている食事を神様に捧げて、
  断食の中でみなさんの幸せを祈らせてもらう、そういう断食です。
  ただ病気を治すためにやっている断食とは、雲泥の差があります。


ところで自分が病気になったら、まず第一番に、一体どんな悪い癖で病気になったか、よく考えてみるとよろしい。
  そうすると、本当に自分のことばっかり考えておったことがよくわかります。


力量がついたというのは、自分のことを忘れて、人様のためにできるようになった時です。
  私たちは生まれ変わり、死に変わりしながら、その間に一歩一歩、魂が向上していくのです。


人間の体の中には、仏さんがいらっしゃるわけですね。


自分の体の声を聞いて、その声に従っていけばいいんだということが、全部わかっていても、
  しかし、人間には煩悩があるのです。
  食べたい、楽をしたい、ちょっとでも人より上にあがりたい・・・。
  このように食欲とか性欲のために、眼がくらんでしまう。
  われわれには執着がある。盲執や愛着があるために、それにとらわれて自由になれない。
  だから、自由になるために、執着、愛着、盲執から解脱しなければならない。


唯識論では「所知障」というものがあります。
  すなわち、知っていることがかえって災いになり、不幸になるというのです。
  知ったがために、かえって不幸になることも多い。


人間というのは、人間の踏み行う道がある。
  その道を守っている限りにおいて、自由が与えられる。


だから、本当の自由というものは、健康法という法を守らねばいかんのです。
  すなわち、玄米菜食の、非常に少ない食事で腹は減るけれども、
  しかし、体が軽くて疲れないし、やりたいことが何でもでき、行きたいところへはどこでも行ける、
  という自由が与えられる。


自由というのは何か?
  それは、一つの法を守った時にだけ与えられる。


腹六分か七分で箸を置くどころか、食べた上にも食べたいという思いが出てくるわけです。
  私たちは、あれもやりたい、これもやりたいというような想いが、瞬々刻々、頭に浮かんできます。
  そしてそれは、全部、潜在意識に入っていきます。
  いっぺん潜在意識に入ったものは、必ず終着駅までゆくということになっているようです。
  そういう想いが潜在意識に入ってくると、結局「業想念」となり、「心の宿便」になってくる。


みなさん方が病気を持ったり、悩みを持ったりしていますけれども、
  それは全部、自由人になるために神から与えられた試練なんです。


健康法とは、命を大事にすること。動植物の命(少食=愛と慈悲)も大切にする。
  卵一個と言えども、魚一匹と言えども、絶対に無駄にできない。水でも命になる。
  宇宙と自分は、一体であるのです。


少食は、一粒の米と言えども粗末にしてはいけないぞという思想が根底にあるわけで、
  これはあくまで「愛」と「慈悲」の具体的表現なんです。


命を大切にする少食(正食)の思想で、エイズウイルスと共存の生活を続け、天命を全うする。
  こうなると、単なる健康法ではなく、悟り(涅槃)に至る素晴らしい生き方になりますね。


現代医学では、入れること(食べること)だけを考えているわけです。
  この腸の中の渋滞をさばくような栄養学が研究されていない。


老廃物を出すのに一番必要なことは何かというと、ストップさせる、食べない、飢えることです。
  断食すると、体の中の老廃物も宿便も みんな出ます。
  息も臭いし、便も小便も臭い、そういうものが飢えている間に出ます。
  老廃物を完全に出すことが、大事なことです。
  老廃物が残っている時に、栄養物を入れてしまうと、血液が濁ってしまいます。
  濁った血液が循環している、これが病気の元なのです。
  だから病気をしないためには、毎日老廃物が完全に出きってしまうまでは食べたらいかん。
  この食べ方は、毎日、断食したらいいということになります。出す方が、先です。


朝御飯を抜くということは、午前中断食をして、老廃物を出すということです。
  午前中 すっかり飢えて、老廃物がしっかり出てから、午後 食べるといいのです。


朝御飯を抜いた時の老廃物の出方を100%とすると、
  朝食べ、昼抜き、夜食べの場合は70%、
  朝昼抜いて、夜一食だけだと120%くらい出る。


午前中は、われわれの生態リズムというものは、出す方に力を入れている。
  夕方になって、初めて吸収がよくなる。
  だから、同じ食べるなら、夕方に食べた方がいいことになる。


少食で効率よく栄養を摂るためには、夜の一食のほうがよいのです。
  半分の量食べて、人の二倍働ける体になります。


いかに栄養満点の食事でも、食べ過ぎたら、それが腹の中で腐って毒になることを知っておくべきです。
  30種類をうまいうまいと、必ず食べ過ぎます。人間には、どん欲、貪りがある。
  それで食べ過ぎて、宿便をためる。


布施の行とは、自分の持っているものをもの惜しみすることなく、みんなにあげる。
  中でも一番大事なことは、命までも差し上げる、そういうことが本当に幸せになる秘訣だと説かれています。


人間というのは、案外、近視眼的なものなんです。
  自分が世界で一番かわいいんだから、自分のために一生懸命やれば、幸せになれると想っているわけです。
  それがいわゆる、修羅場の元です。


ここで悟ってしまえばいいのです。
  食べられないというのじゃなしに、食べないでもやっていける体になりたいと。
  空腹の楽しみを、人生のモットーとして生きていく。
  むしろ、私の食べているものを人様に差し上げて、供養にまわす。そこまでいったらいい。


念波は 必ず相手に伝わるんです。


やることが突き当たってしまうということは、「我」でやっているのです。
  神様のはからいに従ったらうまくいくのに、
  神様のはからいに従わず、自分の「我」のほうへ行こうとするから、突き当たる。


順風満帆の人間は、自分を振り返らないから、非常に傲慢な人間になってしまう。
  突き当たってこそ、本当に反省する。


失敗を笑い飛ばすことが大事。健康長寿を全うする人は、楽天的である。


この世は修行道場だと思って、修行させて頂くためにこの世に生んでもらったんだと、腹をくくってしまえばいい。


その人の雰囲気が明るいと、周りの人も明るくする。
  自分が人にどのような印象を与えているかを、よく自覚しなければなりません。
  これが本当の布施の行となるのです。精神的なものも布施の行いとわかってもらいたい。

和顔悦色施
  いつもニコニコ、えべっさんみたいな顔で、人に接することです。
  いつも笑っている人は、笑う筋肉が だんだん発達してきます。
  いつも微笑ましい顔、なごやかな、慈しみのある顔で人様に接すること、これも立派な布施の行です。

言辞施
  言葉遣い。
  人が苦しんでいる時、病み、悩んでいる時、孤独で寂しい時、優しい言葉を駆けてあげるのは、最上の贈り物です。

  以上のことをよく心得て、根気よく毎日修行を積んでいく間に、次第に人徳ができあがっていくもんです。


思いやりのある人、これはすなわち、人の幸せを心から願っている人々ということです。


何事もいい方へいい方へ、自分の心をもっていかないといけません。
  ちょっとでも治ってきたら、それを拡大して喜ぶ。
 「ここも治った、ありがたや、ありがたや」という思いが、その人の運命を変えていくのです。


断食する目的の一つに、宿便を出すということがあります。
  宿便が出るにつれて、胃腸の吸収が非常によくなりますから、
  今まで二千キロカロリー食べておった者も、千五百キロカロリーでやっていける体になるわけです。
  だから健康になるほど、食事の量を減らすのだということを絶対忘れないように。


二年経ったら、今のこの食事がいかに多いかわかります。


肉を食べたりケーキを食べたりして血管が硬くなり、動脈硬化がだんだん進んでくると、
  脳に行っている血管壁にアテロームという脂肪の塊がたまってくる。


酸素が組織に豊富に供給されたら、ガンは起こらない。ガンは酸素の欠乏が大きな原因の一つです。
  その組織の新陳代謝が酸素の不足でうまくいかない。それが、大きなガンの原因です。
  その組織に酸素を豊富に送り込んでやればいい。
  その組織に酸素を豊富に送り込む秘訣は、断食です。飢えたらええ!


このように、飢えることがいかに健康法として大事か。
  ところが、今の医学は飢えることをさせない。朝からしっかり食べろと言う。
  血液循環をよくさせるためには、飢えないといかんのに、飢えることの意義を知らないのです。
  それでは病気の予防も治療もできない。


病気をする横綱は、a 大食、b 甘いもの、c アルコール、です。


こんな少食でも、ものすごい元気です。びっくりしますよ。
  生野菜の力というものは、本当に想像以上に大きいですね。
  昼食を300gの生野菜だけにしておくと、午後の3時頃から本当に体が軽くなるのです。
  こういう体の状態を味わったら、健康とはどんなもんかよくわかるでしょう。
  調味料で誤魔化したものを食べて、美味しいと思っている間はまだダメ。
  「玄米にごま塩」というのが何とも言えんほど美味しくなった時こそ、素味がわかったと言えるでしょう。
  現代人には、味覚の麻痺した人が多いのです。素味がわかっていない。
  だから、白米は食べるけれども、玄米は食べられない。
  一番賢いのは、午前中の断食を続けていくのがいい。
  これがいわゆる断食健康法ですな。断食療法でなく、断食健康法です。



                 「マイナス栄養」のすすめ - 少食健康講話



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