入院での食事に絶望する毎日
 【「癌(がん)と闘う家族のブログ」より 】


 肺ガンの母が入院して、今日で6日目になります。
 母も「背中の痛みと呼吸の改善」を目的に入院しています。
 そのための薬の投与は仕方ありません。

 それによって、ガンが急速に進行してしまった可能性もありますが、
 そこは母も私も覚悟をしてきましたから。

 つまり、その「リスク」を受け入れた上での入院なのです。


 ただし。

 私たちが覚悟をしてなかったことが1つあります。
 それは「入院での食事(病院食)」です。

 「1週間の献立表」を目にしたとき、正直、私は絶望しました。
 白米やら、白砂糖やら、豚肉の炒めものやら、天ぷらやら、マーガリンやら・・・。

 これらは、私たちが『食事療法』を始める前に普通に食べていた食事ではありませんか・・・。
 もちろん、これらの食材が「絶対にダメだ」と主張するつもりはありません。

 そもそも『食事療法』のための調べものをしていると、どんな食材でも必ず賛否両論があります。
 「豚肉はダメ」という意見もあれば、「豚肉はむしろ良い」という意見もあります。

 だから、私たちも、その都度調べ、1つ1つの食材に対して決断をする。
 その繰り返しで4ヵ月やってきました。

 つまり、この4ヵ月で、私たちなりの「食材の判断」があるのも事実なのです。


 例えば、私たちはこういう判断をしてきました。

   豚肉牛肉などの「赤身の肉」は食べない。
   魚でも「赤身の魚」は食べない。

   白砂糖は食べない。

   白米は食べない。
   替わりに、玄米を食べる。

   天ぷらなど、「高温加熱した油もの」は食べない。

   マーガリンは一切口にしない。
   マーガリンに限らず、「トランス脂肪酸」を一切口にしない。
   マーガリンは、そもそも、ヨーロッパでは販売禁止にさえなっている国もあるため、
    健康な人でさえ「食べていいのか?」という疑問もある。

 などなど。


 量が多すぎて、ここにはとても書ききれないので、とりあえず、いくつか書いてみました。
 先にも書いたように、これはあくまで「私たちがそう判断した」ということであり、
 正しいかどうかは定かではありません。
 (全部正しいです!ブログ管理人

 ただ、「入院先での食事(病院食)」は、
 私たちが「良しと判断した食材」とは、まるで “真逆の食事” ばかりが用意されている感じなのです。

 もちろん、私たちも『食事療法』は日々勉強中で、
 正直、修正をはかりながら食事作りをしているのが現状です。

 なので、点数を付けても、100点の『食事療法』はできていません。
 おそらく、60~70点くらい。それが現実だと思います。

 でも、そんな私たちから見ても、この「入院先での食事(病院食)」は、明らかにガン治療にはマイナス。
 そんな気がしてならないのです。

 詳細がどうとか、もう、そんなレベルではなく、
 パッと見て「アレ?」と思うような献立ばかりなのです。

 実際、そもそも「入院先の献立(病院食の献立)」は『ガン専用の食事』ではないのです。
 なぜなら、入院している患者さんは、ガンの人もいれば、そうでない人もいますから・・・。
 要は、一般的に「健康的であるとされる食事」が用意されている、と。

 確かに、そういう視点で献立表を見れば、非常に「健康的な食事」が用意されている感じがしました。
 その辺の飲食店で出される食事と比べれば、この「入院先での食事(病院食)」の如何に素晴らしいことか。

 でも、残念ながら、肺ガンの母にとっては、そうではありません。
 ガン患者には『ガン患者専用の食事』があるわけですから。


 『食事療法』をしてきた私たちからすれば、それは当然の主張であるし、安易には譲れない部分なのです。
 しかし、入院している以上、病院の方針もあります。
 なので、私たちも、従うべき部分は従わないといけません。

 やれることと言ったら、白米を食べずに、家から玄米を持っていくとか。
 ニンジンジュースを家から持っていくとか。
 その程度でしょうか。

 そういう意味で『食事療法』が思うようにできないことが、非常に無念でなりません。
 だからと言って、入院を止めて自宅で療養できるのか。
 そう言われると、それもできないのです。

 母の背中の痛みは、肺にあるガンが大きくなったために、そのガンが骨にまで入りこんでいることが要因なのです。
 なので『食事療法』を犠牲にしてでも、入院しながら痛みの軽減をはかってもらう。
 そうせざるを得ない状況があるのです。

 ガンが急速に増殖したとしても、痛みの軽減をすることを母は選んだのですから・・・。
 可能な限りの『食事療法』をこれからもしていくつもりですが、果たして、どこまで効果があるでしょうか。

 母の命がある限り、これからも、やれることを精一杯やっていこうと思います。