岡本さんへ

 岡本さん、いつもありがとうございます。

 昨日は早朝に大急ぎで書きましたので、なかなか伝え切れていなかったように思います。

 ですから、もう少し追加いたします。

 前回の「岡本さんへ(7月1日)」で、私はこのように書きました。




 最初に「無添加の回転寿司」についてですが、私はこれは大丈夫だと思いますよ。
 半年に1回ならば、年に2回ほどでしょうから、私は構わないと思います。
 毎週のように回転寿司に行っているならば問題はあると思いますが(週1回でも年50回以上になります)、年に2回程度ならば大丈夫ですよ。

 なぜならば、岡本さんが日常でしっかりと食養をしてくださっているからです。
 食養すらしていない末期癌患者さんであれば、「末期癌の状態で食養すらしていない日常」自体に問題がありますから、回転寿司どころの騒ぎではありません。
 でも、岡本さんは食養の実践者ですから、年に2回ほどならば無問題だと思います。

 ましてや、家族サービス(家族への愛情表現)で行かれるのですから、年2回くらいならば、大事な「家族との調和」の機会を放棄してまで我慢することはないと思います(あくまで、年2回程度という条件のもとです)。
 日常の食養をきちんと熟されているのであれば、年2回の「家族サービス回転寿司」があろうとも、びくともしないのが食養者のメリットです。
 年2回ほどの回転寿司ならば、家族との大切な時間を安心して楽しく過ごされて頂きたいと思います。

 回転寿司に行った時に家族から頂いている「愛情想念」は、必ず岡本さんの心身に良い影響を与えてくれているはずです。自分が他人から受けている想念とは、実は自分の心身に大きな影響があるのです。

 たとえば、甲田光雄先生は本物の医学を追及して、現代医学に見捨てられた難病患者さんをたくさん救われてきましたが、その分、医学界の人たちの妬みや恨みを買っていたのです。
 どこも体が悪いわけではないのに、診察中に何度も突然倒れてしまい、長期療養を余儀なくされたことがあったそうです。人の悪想念を受けるというのは、案外と恐いことなのですね。

 甲田光雄先生はこのような思いまでして、命がけで甲田療法を残してくださいました。
 私は今でも、甲田療法を食養の最高峰に置いています。
 (この点につきましては「人間の「心の動き(想念)」とは何か?」を参照してみてください

 ですから逆に、家族からの「愛情応援エール」の善い想念は、岡本さんの癌治療に最高に良い影響を与えてくれるでしょう。
 しかも、「食べるとすぐにおなかいっぱいになります」ということなので、おそらく過食はしていないのでしょうから、そのときだけはご家族と楽しく「愛情想念という栄養を頂く」気分で、安心して回転寿司に行かれてください。年2回程度の回転寿司ならば、逆に総合的に見て有効でしょう。
 ただ、あくまで年2回程度という条件で、ですよ (^-^

 また、「寿司は何貫まで食べれるのでしょうか?」というご質問ですが、これは「できるなら少ない量で、適宜に食べてください」としか私には言えません。このくらいの感覚で良いと思います。年2回ほどですからね。
 それよりも、日常の食養に気を向けることが大事です。
 絶対に気を抜いたり、油断したりだけはしないでください。そちらのほうを気にされることのほうが重要です。
 この日常の食養があれば、年2回の適宜な回転寿司なんてわけありません。
 それが、食養者の強みなのですから (^-^




 私がこのように書かさせて頂きましたのは、私の食養観による感覚が大です。

 もしかしたら、中には「食養とか何だとか言っておいて、末期癌患者に寿司なんか食わしていいのかよ!」と思われる方もおられるかもしれません。

 しかし、上述のように、私は岡本さんが食養を真面目に実践されていると判断して、年2回程度の回転寿司(無添加)くらいならば無問題だと思いました。

 問題どころか、家族との楽しいひと時を過ごされる回転寿司ならば、日々の食養実践の中でのちょうど良い息抜きにもなって、かえって有益だろうと思いました。

 私が存じている岡本さんの食養内容は、「玄米クリームの主食」「生の食物を意識的に摂って、酵素を多く摂取している」「健康道場の酵素を摂取している」「腹5分目の少食にしている」です。

 これだけでも、実践しているのといないのとでは、同じ末期癌患者であっても、その中身はまったく別の末期癌患者になっています。

 岡本さんの体調は非常に良好になっていますし、岡本さんは日々、食養に努めておられるのですから、家族で年2回ほど楽しみにして行く「家族団らんの回転寿司」を失う必要などないと思いました。

 食養(食事療法少食療法断食療法)を一切していない日々を送っている末期癌患者さんと、食養に勤しんで日々を送っている末期癌患者さんでは、やがて天と地の差が出てきます。この両者を一緒に考えてはいけません。

 それに、食養とはあまりにガチガチになり過ぎても逆効果を生んでしまうことがあります。自分なりの食養を継続していくことが重要です。ここは筋力トレーニングと同様で、継続していくからこそ効果が現われてくるのですね。止めた時点で、効果も終了です。

 ですから、食養の「継続」を続けるための『ケース バイ ケース(case by case原則にとらわれず、一件ごとの事情に応じて問題を処理すること)』 を自分なりに持ち得なければなりません。

 以前、私は、甲田療法の生菜食療法で難病を克服され、そのまま一日青汁一杯で生きることができるようになられた仙人の方の事例を拝見したことがありました。

 一日青汁一杯で生きることができるようになった仙人は、森美智代先生だけではありません。
森美智代先生は、甲田光雄先生の一番弟子です。著書「食べること、やめました - 1日青汁1杯だけで元気に13年」は有名です

 詳しくは覚えていないのですが、その仙人の方の治病記はこのような感じでした。

 その方は、現代医学ではどうにもならなかった難病を治すべく、甲田光雄先生の御指導で生菜食療法を始められました。

 最初は規定に則って、昼夜の一日二食(朝食は食べない半日断食)、一食分の食事内容は「生玄米粉70g ほど(約半合5勺)、生菜食500g(甲田療法の生菜食メニュー)」が基本で、これを一日二食、その他には「水2L」「柿の葉茶」や「西式運動の実行」などがあったと思います。

 この継続によって、その方の身に、だんだんと少食化が起こってきました。

 だんだん食事量が少なくなっていき、やがて食べられなくなっていったのです。

 最初は基本メニューの「生玄米粉70g ほど(約半合5勺)、生菜食500g(甲田療法の生菜食メニュー)」を一日二食、つまり、一日の食事内容は「生玄米粉140g ほど(約1合)、生菜食1000g(甲田療法の生菜食メニュー)」でしたが、だんだんとこれが食べられなくなっていき、そのうち「生玄米粉」を止めて、生菜食だけを食べるようになりました。

 しかし、この生菜食も一日1000g の量が徐々に減っていき、やがて、青汁一杯で足りるようになっていったのです。

 しかも、そうなるにつれて、体調はますます良好になっていくのです。

 一般的には「食べないと体に悪い」と思われていますが、この方は、最終的には一日青汁一杯で暮らせるようになっていき、難病は治り、日々快適に暮らせるようになって、仙人のおひとりになってしまったのです。

 これは、森美智代先生も同様です。

 このような進み方で、みなさん仙人(一日青汁一杯で生きられるようになった人)になっていかれたのですね。


 この「だんだんと食べられなくなっていく」というのは、「末期癌患者が食べられなくなっていく」のとはまったく別の内容です。

 末期癌患者さんが食事を食べられなくなっていくのは、「ガンの最大のエサは「ブドウ糖」である!【糖質制限食のススメ】」でも書きましたが、『食事を食べられなくさせることでブドウ糖の摂取を抑え、これ以上、癌が進行しないようにするため』です。

 しかし、食養実践者がだんだん量を食べられなくなっていくのは、体内が浄化され、免疫その他の体内機能がいや増し高まり、宿便が排泄され、腸機能が回復して高まったことで、ほんの少しの食事量であっても「根こそぎ」栄養を吸収してしまうので、そんなに食べなくてもすんでしまう体になるのです。

 普通食を一日三食も食べている方は、まず腸内に宿便が溜まって腸麻痺を起しており、腸機能が低下しています(甲田光雄先生は長年の臨床経験から「現代の日本人ならば、誰でも宿便が2~5kg はある」と言われています)。腸機能が低下していますと、栄養吸収力も低下していますから、食事を食べても栄養吸収がキチンとは成されず、小腸で吸収されなかった栄養はそのまま排泄されるか、余剰物質となって毒と化すか、このどちらかです。普通食者は「食べればすべて栄養吸収されている」と思うのは早計です。腸の栄養吸収力まで見なければいけません。

 このように、食養実践者に現われる食事減退「だんだんと食事量が食べられなくなっていく」の意味は、末期癌癌患者が食べられなくなっていくのとは違って、体がどんどん健全になっていくために起こるのですね。一見同じように見える状態であっても、中身の意味がまったく違うことが多いのです。

 一日青汁一杯で生きられるようになられた仙人の方は何人かおられますが(これで難病を克服されています)、現代医療で検査を受けても何の異常もありません。「到って健康」という検査結果を受けるのですね。難病を克服するだけでなく、本当の健康体(強健体)になってしまったのです。つまり、ここに「強健」=「難病克服」のヒントを見なければなりません。食養で誰でも難病が治るわけではありませんが、快方には向かいますから、食養を活かすことは貴重な手段であるわけです。


 ここでですね、回転寿司のお話しに重なるのですが、その仙人の方は一日に青汁一杯以外は何も食べれない身になってしまったわけですけれども、この方はお寿司が大好きで、確か「月に一度、マグロのお寿司を1~2貫だけ食べるのが楽しみだ」と言われていたと思います。

 この方は、仙人になったことで現代医学で治らない難病が治ったのですが、もっと正確に言いますと、治りきったわけではないのです。一日に青汁一杯の食生活で暮らしている条件を守っていればその難病は進行することなく、症状が治まって表に現われず、まるで健康者と同様の暮らしが持てるのですが、普通食を一日三食も食べ始めてしまうと、また難病の症状が現われてきてしまうのです。

 難病に打ち勝って生きるためには、青汁以外は食べることを一切止めなければならないのです。

 これは、森美智代先生も同じです。

 以前、森美智代先生のご紹介で、このような記事を書いたことがあります。




 森美智代(Mori Michiyo

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 鍼灸師。「森鍼灸院」院長。 特定疾患である「脊髄小脳変性症」を断食療法の指導者である「甲田光雄」医師の「生菜食療法」によって克服した。「脊髄小脳変性症」を克服できたのは、世界でも、森氏 ただ一人である。
 「生菜食療法」の継続によって「脊髄小脳変性症」を克服されたばかりか、一日に青汁一杯で元気に過ごせるようになった「仙人」の一人でもある。(一日に「青汁一杯」「ビタミンC」「エビオス」「スピルリナ」の食事)

 甲田医師の一番弟子として甲田医師の意思を受け継がれ、著書『食べること、やめました』で世に広く知られるようになった。「一日に青汁一杯で生きられるようになった」のは、師である甲田医師(50年以上の生菜食実地者)ですら到達できなかった境地である。

 2010年には、森氏が「脊髄小脳変性症」を西式甲田療法の「生菜食療法」で克服していくライフスタイルが描かれたドキュメンタリー映画『不食の時代 ~愛と慈悲の少食~』が公開された(山田まりや主演)。

 一般的には「生きるために食べる」のが常識だが、森氏は「生きるために私は食べない」と言われている。
 これはどういうことか、次の森氏の言葉を挙げてみよう。

『致知』 2012年8月号 (連載「致知随想」より)

 「生きることは食べること」という言葉を聞いたことがあります。 人間は食べ物から栄養を摂り、エネルギーを得ている。 だから、人は食べないと生きていけないと・・。
 しかし、私は17年前から食べることをやめました。 今は1日1杯の自家製青汁を飲むだけの生活です。 それでも私は生きています。 いや、だからこそ今も生きていられるのです。

 体に異変を感じたのは、短大を卒業して大阪府の養護教諭になってから半年くらい経った頃でした。「なんか・・ 最近よく転ぶなぁ」と思っていましたが、そのうち地面が急に上がったり下がったり感じるようになり、数歩歩けば転ぶ状態に。 仕事は続けられなくなりました。

 大阪の名だたる病院をいくつも訪ね、検査を重ねた結果、「小脳脊髄変性症」であることが分かりました。 10万人に5~10人の割合で発病するこの病は、現在もはっきりとした治療法が見つからない難病です。 病名さえ突き止めれば治る方法があるだろうと思っていた私は、小脳が溶けてなくなること、そして、これまでこの病を完治した人がいないことを聞いて絶望的な気持ちになりました。
 その時、私はある人のことを思い出しました。 断食と生菜食を中心にした治療法によって、数々の難病患者を蘇らせてきた甲田光雄先生の存在です。

 私は高校生の時、叔母に誘われ先生の健康合宿に参加した経験がありました。 人は食べなければ死ぬと思っていた私は、断食と少食によって難病が治るという甲田先生のお話に目から鱗が落ちる思いがしました。「よし、あの先生のところに行ってみよう」。甲田医院を訪ね、大学病院での診察結果を伝えると、先生は私のお腹を診ています。「私は小脳の病気なんだけど・・」と不思議に思っていると、「宿便がいっぱいたまっていますね」と。 そして「断食と少食でよくなります」と言ってくれました。
 治らないという西洋医学のお医者さんより、よくなると言ってくれる甲田先生についていこう。 そして、私が小脳脊髄変性症の完治者第一号になろう。 そういう希望が生まれました。

 甲田療法は食事療法と毛管運動や背腹運動などの体操を組み合わせて行います。 私の場合、ひどい時は這ってしかトイレにも行けない状態でしたので、体操は調子のいい時だけで、メインは食事療法です。 朝食を抜き、食べる量を減らして少食にしながら、こまめに断食を実践していきました。


(以上、抜粋)

 こうして 森氏は、甲田医師のもとで「生菜食療法」と「断食療法」の実践によって 見事「脊髄小脳変性症」を克服された。 しかし、それは「青汁一杯の食事以外、何も食べてはいけない」という条件でのことだった。 普通の人のように食事をとれば、また「脊髄小脳変性症」が現われ進行してしまう。 森氏は「脊髄小脳変性症の症状を抑えて生き続ける」ためには、青汁一杯以外、何も食べることが許されなかった。「食べるのが怖かった・・」とも語られている。「食べれば 脊髄小脳変性症の症状が進行して生きられず、死が待っている・・。 食べなければ その症状を抑えて生きられる・・・」、現代医学では理解されていない(とても理解できない)境地を乗り越えて、一切の食を捨て、生きることを選択された。

 これは誰にでもできるようなことではなく、自分の意志で「生きるために食を捨てる」のは非常に過酷なことである。 甲田医師も「西式甲田療法を厳格に実行できたのは、1000人に1人だった・・」と周りに語られていたほどである。 生死をさまよう病苦との闘い、修行にも映る過酷な「生菜食療法」「断食療法」の実践、その狭間に身を置いて、ようやく「食と命」という深い造詣へと進むことができたのであろう。 その過酷な試練を超えた先に、「食べることは生きること」と「生きるために食べないこと」という、現代医学の常識を遥かに超えた “陰陽の医的真理” を、身をもって垣間見ることができたのである。

 現代栄養学でも、マクロビオティックなどの食養関連者でも、食に関わる多くの諸先生方が「食べること」しか言われないことが多い。 しかし、「食べないこと」の医的意義 (価値) を深く理解してこそ、「食べること」の医的意義 (価値) が健全に発揮されるのである。 現代の日本人で、「食べない」価値を知る者が一体どれほどいるだろうか?「食べること」ばかりに夢中になっている現代の日本人に求められることは、「食べない」価値にも目を向けて、「食べること」と「食べないこと」という、食における “相反する陰陽の食理” を両側面から理解することである。 食べてばかりいて過食をすれば、人は必ず「病み (やみ:闇)」に向かう。 森氏のその姿は、「食べなければ 病気が進行しない」という、玄妙なる “食の摂理” を伝えてくれている。


( 参考『 青汁一杯の生活:森美智代氏と光の食事 』)



 上記にあります通り、森美智代先生は、

『普通の人のように食事をとれば、また「脊髄小脳変性症」が現われ進行してしまう。 森氏は「脊髄小脳変性症の症状を抑えて生き続ける」ためには、青汁一杯以外、何も食べることが許されなかった。「食べるのが怖かった・・」とも語られている。
 「食べれば 脊髄小脳変性症の症状が進行して生きられず、死が待っている・・。 食べなければ その症状を抑えて生きられる・・・」、現代医学では理解されていない(とても理解できない)境地を乗り越えて、一切の食を捨て、生きることを選択された。』


 という事情で、青汁一杯の生活を続けるしかないのですね。

 森美智代先生をはじめ、仙人になられた方々の姿から、「食養を実践しながら、食べない方向に進めて行く」ことで得られる体の力とは、医学的にまだまだ未知の力が多いのです。

 食べるときにはキチンと食養メニューを食べる、あとは、なるべく食べない時間をつくる、こうして「食べる方向性」と「食べない方向性」の両方の力を最大限に引き出して、持病の克服に役立てることが大切です。


 ただ、あれですよ・・・、

 別に、岡本さんに仙人になってほしいわけではありませんからね・・・(汗)。

 岡本さんにもこういう「食の原理」を知って頂いて、そこから何か大事なことを感じながら、岡本さんなりに食養を上手に活かして頂きたいのでお話ししています。

 日常的に「価値ある食養」をされているのであれば、年に2回程度の「回転寿司」なんてわけありません。

 かえって、良好になられるでしょう。

 先述の仙人の方も、月1回のマグロ寿司1~2貫を「食養を継続する秘訣」とされているのです。

 岡本さんも、ご自分なりの「食養継続の秘訣」を考案されてくださいね!

 回転寿司は「年2回ほど」という条件のもとならば OK だと思います。

 どうか、ご自分なりの食養道を構築されてください m(__)m



 私としましては、主食の「玄米クリーム」に加えまして、(私の父母と同じように)副食に「生菜食」を取り入れて頂けたらと思います。良質なたんぱく質として(充填式の)豆腐や(無調整の)豆乳、動物性食品は小魚や白身魚の切り身で充分です。

 「生野菜食」や「発酵食品」にて、酵素を多量に摂取して頂きたいと思います。

 果物にもビタミンや酵素が豊富に含まれていますが、以前にもお話ししました通り、果物には糖分も豊富に含まれていますから、糖分摂取を避ける上で、私は末期癌患者さんには果物食をお勧めしません。

 癌の最大のエサはブドウ糖(糖分)ですから、果物を食べればビタミンや酵素を得る反面、糖分摂取も得てしまい、癌が進行する条件まで確実に得てしまうでしょう。癌患者さんにとっては、命取りになってしまいます。

 ゆえに、末期癌患者さんは果物食を避けたほうが無難です。

 ビタミン・ミネラル・酵素なら、果物食以外でいくらでも摂れますからね。

 とにかく、癌治療に不利益となるものは徹底して排除しましょう。


 できれば、末期癌がある程度改善されるまでは(体内の癌が消失するまでは)「生玄米粉」の食事ができたら最高ですね。

 当然ながら、末期癌を改善するまでは、「甘い食物」や「甘味料入りの飲み物」は徹底して避けることが大事です。

 これで、医学的な癌の理論上( 癌を育てる最大のエサは「ブドウ糖」)、ブドウ糖の摂取を極限まで抑えることで「癌の進行を自然と抑えることができる」のです。
外国の先進国では、この「癌の特徴(ブドウ糖の摂取で癌が進行する)」を活かした癌医療がすでに開発されています

 以上の条件ですと、医学的に見ても「癌が育つことは不可能な体内環境」になります。

 抗がん剤や放射線を使う前に、まずは、こういう「癌治療に有益な生活環境」を自分の中に取り入れて、積極的に構築せねばなりません。

 本当は、ここに「医学の存在価値」があるのですから。

 「ガンの最大のエサは「ブドウ糖」である!【糖質制限食のススメ】」にてお話ししましたように、この「癌の最大の特徴(ブドウ糖の摂取で、癌はどんどん進行する)」を一切無視して癌患者をお殺しになられている日本の癌医療は、本当に医学なのか、医療なのか、疑いたくもなります。
本当は疑いたくはないです・・・。安心して信用でき、鵜呑みにすらできるような医学と医療を提供してほしいですね!

 癌を克服して「生きることのできる体」になるための道筋は、日本の癌医療の中にあるわけではなく、食養(食事療法少食療法断食療法)や民間療法(飲尿療法など)の中にあるのです。

 一般の癌患者さんは病院の標準的な癌医療しかしていない方が多いのですが、当ブログでご紹介しています癌の内容を真剣に見つめていけば、こういう本当の癌治療(癌体質の大改善)という基本もしないで抗がん剤や放射線だけをやっていても、癌を克服できるわけがないのが分かるはずなのです。

 ひとつひとつ、真面目に細かく見つめていき、その意味を的確につかんでほしいと思います。


 岡本さん、どうか癌治療の要点を的確につかまれて、これら無理なく活かして「最大限の効果」が得られるように、ご自分なりの食養道(食養スタイル)を勝ち得て頂きたいと願っております。

 岡本さん、よろしくお願います m(__)m