腎臓病(2) 現代医学がすべてでない  【「西式甲田療法による介護」より 】
 腎臓病と甲田療法 - 現代医学で治らぬ人のために』甲田光雄:創元社:1500円(16頁~20頁))
 

現代医学がすべてでない

 腎臓病と一ロにいっても、そのなかには急性腎炎、慢性腎炎、腎孟腎炎(じんうじんえん)、ネフローゼ、その他腎結石、腎腫瘍等々、多くの種類があります。しかし、それらのなかで一般に、最も多くの人々が罹り(かかり)、かつ悩まされるのが慢性腎炎とネフローゼ症候群ではないかと思います。

 ところで、この腎炎とネフローゼ症候群が近年、学校へ通う小児たちの間にも増えてきています。第二次世界大戦後に日本で学校病といわれていたのは、結核、トラホームおよび蛔虫(かいちゅう)の三つがあげられていました。

 しかし最近になりますと、それらの病気に替って、腎臓病(主に腎炎とネフローゼ)、喘息、心臓病などで長期欠席する学童が増えてきました。このような腎臓病の子どもたちが、慢性に経過したまま成人するということになりますと、当然大人の間にも腎臓病で苦しむものが増えてくることになりましょう。

 その上、最近は高血圧から腎臓病を併発する人や、七〇〇万人を超えるという糖尿病の患者さんたちから糖尿病性腎症が急増しており、それがもとで人工透析を受けたり脳血管障害を起こす人たちが増えてきました。これらの腎臓病に対しては、もちろん現代医学的な治療法の研究がなされており、みるべき成果もあがっているようですが、未だ決定的な根治法が開発されておりません。患者さんのなかには、現代医学的治療を種々受けているけれども、病状がいっこうによくならず、落胆しているという人たちも少なくありません。

 そこで今回は、腎臓病のなかでも特に腎炎とネフローゼ症候群に主として焦点を絞って、東洋医学的見地から、その対策を述べてみたいと思います。

 さて、腎臓病というと、一般には何か大変な重病であると考えられています。たしかにそのとおりです。もっともそのなかには、急性腎炎のように、最近は比較的治りやすくなってきたものもあります。それでもまだ、急性から慢性に移行し、長年この病気で苦しむ人たちが少なくありません。

 一方、慢性腎炎およびネフローゼ症候群は、現在のところ、確実な根治法が開発されていないので、一度この病気に罹ると、いつ治るのかさっぱり見当がつかず、患者さんたちは、前途に非常な不安を抱きながら療養生活を送っているというのが現状のようです。慢性腎炎で現代医学の病院へ何回もくり返し入院し、数年あるいは十数年も病床に臥し、しかも治るどころか次第に病状が悪化し、いずれそのうちに人工腎臓の世話にならなければならない運命にあると思われるような人も、決して少なくないでしょう。

 またネフローゼでも同様です。幸い最近は、副腎皮質ホルモン剤などのお蔭で寛解(かんかい)する例が増えてきましたが、しかし、いつまた再発するかわからぬ不安がつきまとっているのです。

 以上のような理由で、とにかく難病をかかえ持った人は、現代医学の治療を受けるかたわら、漢方やハリ、灸といった東洋医学的療法も試みるという場合が、ずいぶんと増えているようです。

 その他、カイロプラクティックや、整体術、あるいはいま流行の各種健康法を含めた一般民間療法を、家庭で実行しているものも少なくないでしょう。これは要するに慢性腎炎やネフローゼが、非常に難治の病気であることを物語っているのです。

 したがって、これらの病いに罹った人たちは、それこそ藁をもつかむ思いで、いろいろな民間療法にも手を出し、救いを求めているのだといえましょう。

 事実、私のところへ受診して来られる腎炎、ネフローゼの患者さんたちの大半は、何らかの民間療法や東洋医学的療法を過去において試みたか、あるいはまた、現在もなお引き続いて試みつつあるという人たちです。彼らのなかには、一たび「慢性腎炎」という病名をつけられると、もう生涯立ち直ることができない刻印を押されたような気持ちになってしまっているものもあります。そのような絶望感に支配されながらも、何とかしてこれを克服する道がないものかと、右往左往しているのが実情ではないでしょうか。

 ところで、各種の民間療法を試みられた方のなかには、それによって病状がある程度好転したとか、時には劇的に回復したという例が少なくありません。しかし、現代医学を信奉しておられる人たちから見ると、このような症例にはどうしても納得がゆかないと思われるでしょう。現代医学は人智の粋を集めた最高の治療法であるはずだから、その医学的知識でもどうにもならないといわれる慢性腎炎やネフローゼなどが、単なる民間療法でよくなるわけがないではないかという反論であります。これはもっともなことと思います。常識から判断して少しも誤まっているとは考えられません。

 ところが実際には、民間療法のなかに将来医学的に価値ある療法として採用されるべき、金の卵のようなものがあるのです。このことは、現代医学がいかに人智の粋を集めた優秀なものであるとはいえ、まだまだ宇宙の真理の一部分をも明らかにしていない未熟なものであるということの証拠でしょう。人体は、大宇宙に対して小宇宙ともいわれている神秘に満ちた存在です。したがって、現代医学は、この小宇宙の神秘の扉を、いまようやく開きかけたところであるというのが、真実の姿ではないでしょうか。

 したがって、民間療法のなかに、素晴らしい真理を秘めた金の卵ともいうべきものが、転がっていても、決して不思議ではないと思います。これらは、太古から一般民衆たちの間で何回となく体験され、その英智から生まれたものであるだけに、捨て難い味が残っているのでしょう。

 しかし、民間療法すべてに、このような価値を認めようとしているものでないことを、まず断っておきます。やはり民間療法といっても、なかには何らの価値を有しないばかりか、かえってそれによってひどい被害をこうむるものもあるということは事実です。このことは、私たちがよくよく注意しなければならない問題であります。

 現代医学者たちのなかで、民間療法に対する厳しい批判の目を向ける人が少なくないのは、これらの人たちのなかには、つまらぬ民間療法を試みて病状を悪化させたか、あるいは命を落とした症例を目の前にして、義憤を感じられたというような過去があったのかもしれません。

 以上でわかるように、現在は玉石混交のおびただしい数にのぼる代替医療が勢ぞろいしたような時代です。やがて、これらが一つ一つ民衆による実践的検討と、専門家による科学的研究の試練を受けて整理されることでしょう。

 そこで、次に筆者らが試みてきた民間療法の科学化について、参考までに述べてみることにします。それというのも、現代医学の手から見放され、藁をもつかむ思いで、いろいろなほかの療法を試みてみようかと考えておられる腎炎、ネフローゼの方々に、世の中にはまだこのような素晴らしい代替医療もあるのだということを、お知らせしたいからであります。

 前置きが大変長くなりましたが、次に私の人生に大きな影響を与えた断食療法を中心に、少し体験を述べてみましょう。



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