「近藤がん理論」はどこまで正しいか?

がん治療第一線の東大外科医師グループの三氏と、
手術・抗がん剤・検診・患者へのメッセージを徹底討論する


「ガン専門医よ、真実を語れ」 文藝春秋 より

東京大学外科医師グループ
上野貴史 東京共済病院外科医師
川端英孝 東京大学病院第2外科助手
馬場紀行 東京大学病院総合腫瘍科医師

近藤誠



 第1ラウンド 手術は役に立たない? 「がんを刃物だけで治そうとする思い込みが間違い」

◆ 近藤氏の主張
① がん手術がほとんど役に立たず、手術以外の治療法で十分という例がいくつかある。たとえば、子宮頸がん、食道がん、膀胱がんの進行がん、前立腺がんなどは放射線治療をやってみて、それでも効かないようだったら、手術を考えてもよい。
② 手術をするにしても、臓器を全部取るのではなくて縮小手術でよい場合がある。たとえば、乳房温存療法など。
③ 日本では、がんの転移や再発予防と称してリンパ節の廓清(きれいに取ってしまうこと)を非常に広い範囲に行うが、世界的にはその意味が認められていない。もっと狭い範囲でよいのではないか。場合によっては廓清しなくてもよいことがある。


川端 この主張に対して直接的な異論はないです。
近藤さんがおっしゃるように、手術をしても放射線治療をしても結果(治療成績)は同じというがんは、かなりあるんです。結果が同じだったら、患者さんへの侵襲性が少ない(負担の少ない)放射線治療のほうがよい。とくに、機能が重要な臓器はそのほうがいいでしょう。たとえば、前立腺がんや甲状腺徴小がんなどは経過観察だけでよい場合がかなりあります。このため手術が無用という表現が妥当な場合も相当あります。


手術に向くがん、向かぬがん

近藤 手術を選択するか、放射線治療を選ぶかは、臓器によって違います。胃がんや大腸がんは、放射線治療には向いていませんから、何でも放射線治療ができるわけではありません。

川端 ところが日本の医学界には、どんながんでも手術で治療するという傾向があって、その考え方はいつまで経っても改まりませんね。

馬場 それは医学教育の影響でしょう。つまり、外科の初期教育で「がんは手術で治す」「がん手術はリンパ節廓清をする」というフィロソフィーを植えつけるんです。現在の指導者の多くは、拡大手術全盛の頃に指導を受け、人間の体からどれくらいの臓器が取れるのかを競っていた人たちです。だから、小さながんは放射線で治療して、手術する必要がないということになると、外科医は危機感を抱きます。

近藤さんに対する反発の多くは、科学的な根拠より自分たちの既得権を侵害されたという感情的な理由のほうが強いのではないでしょうか。

川端 日本の外科医は「がんのリンパ節廓清は絶対だ」と思っています。がんを残せば必ず再発して死に至るので取れば取るほどよいと信じていますね。

近藤 がんのリンパ節廓清の概念は、ずっと以前に欧米から入ってきて、日本で残った信仰類似の概念なんです。たとえば、乳がんはリンパ節を取っても生存率が上がらないことは、一九八五年までに証明されているのに、日本はリンパ節廓清の信仰に基づいて、一生懸命リンパ節を取っている。

川端 そうですね。胃がんのリンパ節を取ることについては、現在、臨床試験中ですが、少なくとも乳がんのリンパ節廓済には局所コントロール以上の意義がないという認識を日本の外科医は持つべきです。

馬場 日本では、これだけ科学的なデータを突き付けられても、最後まで「日本人の乳がんは手術で治る」と受け入れようとしない。たとえば、リンパ節はおろか乳腺、胸の筋肉まで切り取る、定型的手術を開発した米国の医師ハルステッドがすでに「鎖骨上のリンパ節に転移があったときには助からない」と敗北宣言を出していますよね。それなのに、いまだに過度のリンパ節を取り去る外科医をみていると、その論文を読んでいないのかなと思ってしまいます。


世界の中での日本医学のレベル 「日本の医者の思考法レベルは後進性が著しい。日本語の教科書が多すぎる。
                  乳がん治療に限って言えば、東南アジアよりかなり遅れています」

編集部 一般の人からみれば、日本の医学レベルは欧米にも劣らないという認識がありますが。

馬場 いや、乳がん治療に限って言えば、東南アジアよりかなり遅れていますね。香港やマレーシァの医師のほうが世界的に常識的な治療をしている。

近藤 その人たちは欧米の医学論文を直接読みますからね。

上野 日本の場合は、日本語の教科書が多すぎるんですよ。英語の医学論文を読めば、欧米の臨床試験の結果が出ているから結論を受けざるを得ないのだけれど、そこで、ワンクッションあって情報操作がありますからね。

近藤 そうだね。日本の権威たちが教科書や論文で自分たちの都合のいいように書いてしまう。

川端 たとえば、欧米で「乳がんの抗がん剤治療に有効性が証明された」という論文が出ると、そういった情報はそのまま書くんです。そして5FU系経口抗がん剤を使いましょうと余計な文章を勝手に付け加える。専門医はともかく、一般外科医はそれを読んで、ああそういうものかど真面目な人ほど受け取ってしまいます。

馬場 日本の医者の思考法レベルはかなり後進性が著しいんじゃないかと思いますが。

近藤 非常に遅れていますよね。

川端 世界の標準に照らし合わせることなく、日本独自の思い込みで治療をしてしまいます。

馬場 この状況は、太平洋戦争のようなものだと思うんですよ。国民は、アメリカやヨーロッパ、そして世界の国がどんなに強いかを知らされないで、日本独自の大和魂で戦争に勝てると思い、結局、玉砕してしまった。

近藤 確かに似ていますね。だけど玉砕するのは国民で……。ああ、その状況も、患者が玉砕するのに似ているなあ。

編集部 がん治療のなかで手術が優先して選ばれるのは、外科医の立場が特別な存在になっているからですか。

川端 最初に患者が外科に来るからです。あるいは内科医がすぐ外科医に紹介するからです。

馬場 手術が第一選択になるのは、外科医が目の前にあるものは何でも取るように教育されていることもあるでしょうね。

一同 そうですね。

編集部 手術をすると、すぐに暴れてしまうがんがあると聞きますが。

近藤 手術の後にがんが暴れることはあるのです。しかし、メスを加えても、がん細胞の性格が変わることはない。がんが暴れるのは、むしろ治療のためでしょう。たとえば、乳房温存療法で乳房に放射線をかけると、全体的には再発率が減るんですが、再発してきた人をみると、手術をして放射線を照射した部分にだけ再発していることがある。それは、手術や放射線によって正常組織を弱くするから、その部分にがんがはびこりやすくなっていると考えたほうがいいでしょう。

川端 そうですね。全身に再発する場合でも、傷口の部分だけ特別にひどくなる場合がみられます。だから、手術にしても放射線にしても、がんをコントロールできないのなら余計なことはしないほうがいいと考えます。

上野 いずれにせよ手術は、部分的にがんを抑え込むために使う方法であって、がんを刃物だけで治そうとする思い込みが間違いだと思いますね。


1パーセントの可能性の意味
 「1%の可能性と言われたら、100%助からない。何をやっても助からないから、何をやってもいいだろう」

編集部 ところで、九三年の逸見政孝さんの手術は、一般の人にもおかしいと思わせる出来事でしたね。

川端 あの手術は、さすがにどの外科医もおかしいと思ったようですが、それを外科医が誰もきちんと声に出さなかったのはまずかったですね。あの手術を認めてしまうと何をしてもいいことになってしまいます。

上野 あの出来事を考え合わせると、明確な科学的根拠がないまま、多くの膵臓がんの患者さんに行われている拡犬膵頭十二指腸切除術も同じノリでやられているんだろうと恩います。何をやっても助からないから何をやってもいいだろうと。それからもう一つ、外科医は手術で助からないということをはっきり言わないとだめですよ。

編集部 患者の立場になれば、一パーセントの可能性があると言われれば手術を受けてしまいますからね。

川端 1パーセントの可能性と言われたら、100パーセント助からないと考えたほうがよい。ただ、まれに生きる人がいる。それは手術をしたからではなくて、何もしなくても生きる人は1パーセントいるんです。結局、1パーセント助かる可能性があると言われた場合、手術によって助かる、いい結果が出る可能性はゼロだということを認識する必要があります。外科医は、手術をしても助からないとわかっていても、助からないとは言えない。では、どうするかといえば、助かる可能性があるようなニュアンスを伝えて、結局手術をしてしまう場合があります。結果として"最後のとどめを刺す”ことになる。

近藤 それはかなりあったと思いますよ。1パーセントの可能性のときに行われる治療というのは、10~20パーセントは治療死してしまっているのです。以前は、食道がんや膵臓がんの手術を受けた人のほとんどは術死をしていた。そういう時代に外科医はよく手術をやり続けられたと思いますよ。

上野 当時としては、屍の山を乗り越えた先に成績が上がるような雰囲気があったのでしょう。助からない人でも助かるようになるかもしれないとか。しかし今日、結果がほぼだめだとわかった以上、撤退すべきなのです。なかなかやめられないのは、外科医にとって手術はテレビゲームと同じように面白くて、やりたくてしょうがないからでしょう。

馬場 それが太平洋戦争なんです。負けるとわかっていても、いまさらあとに引けない。

近藤 そうですね。ちょっとその理由以外には理解しがたいですよね。ところで、僕は「文藝春秋」(一九九六年八月号)の川端君の論文(「近藤誠がん理論を検証する」)を見て、東大の人たちもやるじゃない、と見直しました。

川端 あの論文はいろんな反響がありまして、ある拡大手術で有名な大学病院の医師から手紙が来まして、挑戦状でもきたのかと思ったら「自分も拡大手術には常々疑問を感じていた」という支持する内容のものでした。

近藤 これから日本の医学界も少しずつ変わっていくでしょうね。

馬場 いまの手紙のように感じている医師たちはたくさんいると思います。ただ、それを正直にいえない体制がある。しかし、最も問題なのは、この状況を不思議に思わない医師たちですよ。




 第2ラウンド 抗がん剤治療の90パーセントは無意味なのか?
          「抗がん剤は、9割のがんには延命効果もない。再発防止効果もない」

◆ 近藤医師の主張
① 抗がん剤治療の有効性を四つに分類したところ、抗がん剤が役に立つといえるのは、全がんの一割くらいしかないといえる。それくらいの効き目しかないのに、ほとんどの患者さんが抗がん剤治療を受けているのはおかしい。
② 日本独特の抗がん剤治療(経口抗がん剤)が多くて、その効果も低い。
③ 臨床試験の問題。患者の同意もなく治験が行われ、その結果、患者は次々と死んでいる。


東大医師グループ 結論をいえば、近藤さんの抗がん剤治療についての意見には何の異論もありません。

馬場 本当に有効な抗がん剤はこれくらいしかないことを患者さんも知る必要があると思います。

編集部 近藤さんが作成された表(前頁)をみると、抗がん剤は固型がんにほとんど効かないと考えてよいのでしょうか

近藤 固型がんではほとんど効かないでしょう。

川端 胃がんについていえば、これまでの臨床試験のなかで、術後の補助化学療法として評価できるものが十一試験ありますが、これらをみると有意差はなし。つまり、無効ということです。なのに、胃がんの患者さんの多くは抗がん剤を服用させられていますが。

編集部 なるほど。全がんの一割以外のがんでは多少の延命効果もないわけですか。

近藤 ええ。9割のがんには延命効果もないと思ったほうがいいですね。

川端 一割のがんに有効といっても、あくまで抗がん剤治療をきちんとしたやり方で行った場合の話です。

編集部 9割のがんで、再発防止のための効果はどうですか。

一同 ありませんね。

編集部 そうなると、一般の人には再発防止のために服用するといった認識が強いんですけど、患者はそのような意識を捨てなければなりませんね。

一同 捨てる必要がありますね。

編集部 抗がん剤の効果的な使い方はありますか。たとえば、抗がん剤でたたいてがんを小さくしてから手術で取り除くといったものですが…。

近藤 それは、たとえば食道がんでは、抗がん剤と放射線治療を併用するとよいのでは、という論です。その方法が日本に輸入されたとき、抗がん剤併用の意味が認められたから、手術の後に抗がん剤治療をやりましょうという、理論のすりかえがあった。

馬場 日本の体質として技術を導入するときに、国際的なコンセンサスを平気で破りますよね。

近藤 また、カテーテルを挿入して直接がんをたたく動注化学療法は、日本では効果があると言われています。ところが、外国の結果をみると、肝臓がんは、やらないよりやったほうが延命効果は数カ月あるけれど、副作用も強いから勧められないという報告も出てきていますし、かなり限界がある、患者の状態が悪くなって、はたして効果があったといえるんでしょうか。


日本の製薬メーカーの限界 「検診無用論ではなくて、検診有害論を言いたいくらいです」

編集部 患者の立場とすれば、良いデータも悪いデータもすべて正直に言ってほしいです。

上野 そうですね。医者が患者に効果だけしか言わないから、患者はその治療に期待してみんな受けるのでしょう。
川端 手術にしても、化学療法にしても、患者に本当のことを言ったら治療を受けてくれなくなるからよくないと言っている医者がいますが、僕は本当のことを言って誰も受けてくれないような治療ならやらなくてもいいじゃないかと思っています。

馬場 抗がん剤専門のお医者さんが日本にはほとんどいない。いたとしても急性白血病、悪性リンパ腫以外のがんに対して一生懸命取り組んでくれている医者はほとんどいない。だから、外科医が薬物治療にまで関与しなければならなくなって、いい加減に薬を使ってしまう現状がありますね。それに、薬を使用すると病院が潤いますから。そういった経済的な問題があるので、乳がんの抗がん剤治療にしても、5FU系経口抗がん剤では効果がないとわかっていても、それじゃ効果のある抗がん剤治療をやるかといえば、人件費と手間を考えると採算が合わなくて取り組まない。

近藤 科学以外のところに、使う動機があるということですね。

馬場 結局、新しい思想の普及や教育指導の立場にある学会がその役割を果たしていないということですよ。健康行政に関わる官僚の人たちも含めて、自分たちの一挙手一投足が多数の人命を担っている重さをあまり感じていないような気がしますね。

近藤 エイズ問題にも見られるような構造ですね。

川端 そもそも日本の製薬メー力ーでは、抗がん剤を開発するのに限界があると思うんです。欧米では、何兆円という年商のある製薬会社が二十年くらいの歳月をかけて、世界レベルで臨床試験を行ってやっと開発にこぎつける。そういった規模の仕事です。日本でも臨床試験のシステムをきちんと作ろうとしている真面目な医師たちもいますが、効率の面を考えてみても欧米の臨床試験に日本が参加したほうがよいと思います。

近藤 それに、日本は平等な国だから臨床試験を行うのも難しいでしょう。アメリカのような不平等な国かオランダのような個人主義が発達している国でないと無理です。欧米やオーストラリアでは「被験者求ム」という広告も出るらしいんですね。でも、それがいいというわけではなく、オランダの胃がんのくじ引き試験なんて単に術死が多くなって犠牲者が増えたわけですから、個人主義にも落とし穴があります。今後どうするかですね、問題は。これまでの臨床試験で、いろんなことがわかったから、類推で行けるとろはそれで十分じゃないでしょうか。



 第3ラウンド がん検診は百害あつて一利なし?
「がん検診は百害あって一利なし治るものは治るし、治らないものは治らない。治らないものを治している名医もいない」

◆ 近藤さんの主張
① 早期発見が有効、つまり検診が有効であるという証明は、世界的なレベルをみてもどこにもない。さらに、どの臓器に関しても有効という証明はされていない。
② 放射線に発がん作用があることは明らかで、日本の医療被曝は世界一多い。医療被曝が多くなる最大の原因は集団検診などで用いられるレントゲン撮影にある。また、内視鏡検査でも事故が生じたり、消毒が不十分な場合には感染の危険が起こってくる。
③ 早期発見して治療をしても死亡総数は滅らないことから、がんには「早期発見できる大きさになる以前に転移する本物のがん」と「転移や浸潤する能力のないがんもどき」がある。ただし、早期発見が可能な大きさになったあと初めて転移することは絶対ないとは言い切れない。


川端 乳がん検診に関していえば、無作為調査で五十歳以上の女性への有効性は証明されました。それが最終的に真実かどうかは別として、一般的に乳がん検診は有効だと言われていますよね。

近藤 ちょっと待って。それには異論がある。注意しないといけないのは検診と治療では、無作為調査の研究の質が違うということ。たとえば治療の研究であれば、条件をきちんと限定して調査することができるから、ある一定の価値を見出すことができると思うのですが、検診の場合には条件を限定できない--たとえば、二群に分けて比較をやったときに、片方は検診に呼び出さないが、片方は呼び出している。そうすると、呼び出した人には教育効果が出てしまうかもしれない。そういった外からの影響と無縁ではないから、いくらいい成績が出たといっても、それは検診の効果ではなくて呼び出した効果かもしれません。ですから、そうした条件のもとで行われる研究を集めて検討したところで、その検診に有効性があるのかはっきり証明しきれないと思います。

川端 しかし、いまの平均的な考え方では「検診は効果があるだろうと認めている」ことはいえるでしよう。

近藤 多数意見であることは認めますよ。ただ、世界の検診専門家の意見を聞くと全然違っていて、たとえば九一年に検診の専門家に臓器別のがん検診について有効か無効かをアンケート調査した報告書では、有効だとする票で一番高いのは子宮頸がんなのです。乳がんは有効回答が五九パーセントしかなくてむしろ低い。すでに、ここに矛盾がある。研究データは無作為調査というのが前提だけれど、これまでの子宮頸がん検診のデータは無作為調査で行われたものはなく、検診が有効であるという信憑性は低い。一方、乳がんは無作為調査が行われ、ある年齢の人には有効という報告もまま見られるのに、世界の検診専門家の間では、乳がん検診よりも子宮頸がん検診のほうが有効であると支持する人が多いのはなぜか。非常に疑問なんです。


検診の有効性は科学的に未証明
 「肺がん検診は無効だと証明されている。みんなが検診を受けなければ、検診の問題は生じない」

川端 結局、子宮がんについては経験則的に有効であったり、「有効である」というコンセンサスが何となくあって、いまさら無効かもしれないとはいえないんじゃないですか。現在の世界における検診の有効性をまとめていうと、子宮頸がん検診はわりあい有効だろうと考えられているけれど、根拠となるデータはない。乳がん検診は無作為調査に基づいて、ある特定の年齢(五十~六十歳代)の人に有効だろうといわれている。胃がんは有効とも無効とも証明されていない。大腸がんも有効か無効かはわからない。肺がんは無効だと証明されている。ただし、無作為調査も外からの影響が関わってくるので、完壁な証明は成り立ちにくい、ということになるでしょうか。

近藤 そこで、たとえば肺がんは無効で乳がんは有効というのは、理論的にどう整合させられますか?

川端 それは、肺がんと乳がんでは検診に向く向かないの違いがあると思います。

近藤 さきほどのがんのリンパ節を取る手術の話題では、乳がんと胃がんは同じだという意見が出たのに、ここで肺がんと乳がんは違うといわれると納得できませんね。どんな臓器に発生したがんも、二分裂を繰り返して増大し転移があって再発もするという性質を持ちます。それらの性質は臓器が変わっても異なりませんから、肺がんで無効だった検診は乳がんでも無効と考えるのが素直じゃないでしょうか。

川端 検診が有効かどうかということは無作為調査の研究によってある程度科学的なデータは出せますが、そこから先はどうかということになると神学論争のようになってしまいますよ。

近藤 それはないでしょう。もし、検診によってがん死が減るということになれば、それは早期発見が有効だということになって、神学論争にはなりません。

川端 そこですよね。検診は無効であるこどが近藤さんの「がんもどき」説(全身病理論)の根幹だから、どれかひとつでも検診の有効性が証明されると、矛盾が出てきて次の新しい考え方をしないといけなくなる。

近藤 ただね、がんには「本物のがん」と「がんもどき」があるという僕の説も、完全な二分論ではなくて、第三の可能性も認めています。つまり、早期発見できる大きさになったときまでに転移しないがんは、それ以降も転移しないのが原則でしょうが、転移する可能性も認めているのです。だけどそれはある一定の条件を満たす一部のがんで、その数は非常に少ない、あるいはゼロかもしれないと発言しているわけです。

編集部 がんが一センチの固まりになるまでに十~三十年かかるといわれますが。

近藤 本来、一分裂に要する最短期間は、一~二日くらいなんです。たとえば、一センチになるのに三十~六十回分裂したとしても最短一~四カ月でその大きさになるはずなんです。ただ、そうなると、がんになるとすごく早く死んでしまうことになるから、どこか成長の過程でスピードダウンをしているのではないか、あるいは最初から成長が遅いのではないかと考えられます。僕は、小さながんが偶然検査をやって見つかるのは、運がいいのではなくて、必然だと思っています。つまり、小さながんは小さいままなので、いつ発見されても小さいのだと思うからです。

川端 小さながんは、大きくなれないがん、大きいがんはスピードの速いがんを表しているかもしれないということですよね。たとえば、シェトランドシープドックというコリーに似た犬がいますが、その犬が大きくなってもコリーにはならないのと同じ理論です。なかにはコリーの子犬も混じっていて、放っておくとコリーになるのもいるんですが、基本的に小さいがんは大きながんの子どもというわけでは必ずしもないのです。

近藤 進行がんでも、どんどん大きくなる途中で見つかったのか、あるいはその大きさになって、あとはそんなに大きくならない段階で見つかったのか、そこに疑問を持たなくちゃいけない。

川端 大きくなるというのは、それだけ周囲を破壊できる力があるから転移するという理論は一般論としてあります。進行したがんは再発しやすい。だから、転移しないためにも早期がんを早く見つけて治療するという考え方になるんですが、本当にそうなのかを証明するには、そこに検診の議論が出てくるわけですよ。だから、検診が有効かどうかの結果は非常に大事になってくるし、一番知りたいところなんです。

上野 内視鏡検査で早期のがんを発見したといっても、それが放っておいたときに致命的ながんになるかどうかはわかりません。そのうえ、症状が出てから治療しても治る可能性もあるわけです。しかし、切り取ってしまっているから証明することはできません。だから、早期がんを発見してもおめでとうということには必ずしもならないですね。

近藤 血行性転移と浸潤は似ていて、両者とも特殊な能力が必要です。たとえば、消化器がんが浸潤する場合、粘膜筋板を乗り越え、筋肉を乗り越え、腹膜を乗り越えるというのは、遺伝子に規定される何かしら特殊な能力が必要なのではないかと考えているのです。だから粘膜内に止まっているがん、あるいは筋層で止まっているがんというのは、もともとそういう能力しかないがんだと思います。

馬場 つまり、浸潤する能力を持っていないから、そういったタイプのがんは、患者の命を奪う事態は招けないということですね。

川端 こうした考えもあくまで仮説ですが、ただ、現在、外科でいわれているような「がんは順々に広がっていって最後にはあるところまでいくと全身に広がる」というハルステッドの考え方は、すでに世界では一九七〇年代に否定されています。にも関わらず、日本では、その理論に基づいて治療をしているところがおかしいんです。それでは、ハルステッド理論に代わるものがあるのかといえば、全身病理論が有力なのですが、すべてを説明しきれているわけではないです。


様々な否定的要素

馬場 ちょっと違った視点から検診について意見を述べさせてもらうと、近藤さんの本のなかで、最も反発を買ったのが「検診はいらない」という説だと思うんですね。なぜかというと、検診はかなりたくさんの人の飯の種になっているという事実があるからです。それを根本的に覆す意見が出てきたんだから、ものすごい低抗があって当然。いろんな人たちがいかに検診は有効かについて反論していますが、そういう人たちの思惑も多く入り込んでいると思います。

近藤 そうですか(笑)。それで思い出したのは、この説に対する反論を検討してみると、それぞれの人が有効だといっているがん検診が全部違うんですよ。ある人は胃がん、ある人は乳がんと言うし……。

馬場 そうでしょう。そこに思惑が入っていると思うわけですよ。たとえば胃がん検診に命をかけている人たちにとってみれば、胃の検診をレントゲンでやるのがよいというデータを用意するでしょうし、内視鏡検査がよいと思う人は内視鏡が有効というデータを持ってくる。しかし、わが国の検診の場の実態に視点を置くならば、検診無用論ではなくて検診有害論を言いたいくらいです。たとえば乳がんを触ったことのない医者が乳がん検診をやるから再検査にひっかかる人も多くて、無意味な生検が多くなったり、あるいは乳がん検診の異常なしを鵜呑みにして発見が遅れた患者さんも結構多い。

上野 無意味な再検査のおかげで病院の外来は混む。しかし、そうしないど病院経営は苦しいでしょう。何かひっかけて再検査をしてさらに精密検査をすれば病院が儲かるという構図ですよね。無意味な検査をするお金と時間があるなら、それを本当のがん患者さんの治療に回せというのが正論になりますね。

川端 確かに「早く見つける」というのは理論的に悪くはないのですが、利益があるかどうか難しいところです。

馬場 検診で見つけなくてもいいような非浸潤性(上皮内にとどまっているような)がんを見つけて、がん患者の烙印を押されたがために、それこそ、保険や就職で多大な被害を被る。

川端 二十代の人の子宮がんでは結婚が破談になることもあり得ますからね。

近藤 乳がんにしても同じです。粘膜や乳管内のなかにとどまっているものは、がんとは見なさない考えもありますから。それを発見したところで、患者の社会的な損害や検診をするうえでの体への負担を考え合わせても、はたして検診はやるべきなんだろうか。

馬場 まあ、こうやって検討していくと否定的な要素が多すぎるという気がします。それにしても日本人は検診に過剰に期待しているきらいはありませんか。

近藤 日本人特有の思い込みでしょう。みんなが検診を受けなければ、検診の問題は生じないんですよ。

馬場 本当に。現実間題として検診は施設による差が大きく一般の人が思っているほど期待できる内容でないことを認識すべきだと思いますよ。近藤さんと川端君の激論は、そういう検診が駆逐されてからやってください(笑)。




 第4ラウンド がん患者へのメッセージ

 編集部 最後に日本のがん治療がよりよいものになるためには、どうすればよいのかまとめてみたいので、
 患者さんへのメッセージも含めて意見をお聞きしたいと思います。


近藤 日本のがん治療の現場が変わっていくためには、患者さんが行動するしかない。自分の目の前にいる医者に希望や文句を言ったり、気に入らなかったら鞍替えするとか。実力行使しないと変わらないのではないでしょうか。医学界のなかから自発的に変わることを期待するのは無理でしょう。

馬場 治療成績に関していえば、どこの病院でどの医者にどんな治療をしてもらったところで、長期の成績はそんなに変わりません。名医にかかったところで、新米の医者が治療してくれたところで、そんなに大差はないはずです。僕は、患者さんにまずそれを認識してくださいと言ってるんです。

上野 治るものは治るし、治らないものは治らない。治らないものを治している名医もいないはずですよね。

川端 いまのがん治療におけるさまざまな矛盾は、交通渋滞と同じでいろんな人の利権が絡んで身動きが取れなくなっている。近藤さんの本は、このような現状を打破して、一気に変えてくれる可能性があるのではないかと思います。

馬場 しかし、外科医の取った姿勢は集団で黙殺するという伝統的な作戦です。何か斬新で正しいことをいうヤツがいても、あくまで少数意見として無視する。それは日本のお得意芸ですから、当面はそれで行くでしょう。

川端 世界的視野に立って、きちんと勉強すると細かいことは別にして大筋は確かに近藤さんの意見にいかざるを得ないです。だから、近藤さんの発言に対して首を突っ込むと議論には勝てない。やはり黙っているのが一番賢いだろうということになる。
近藤さんがいろんな発言をしたところで、嵐が過ぎ去れば、患者さんは有名病院に戻ってくるだろうという計算がある。

近藤 そう考えているでしょうね。


治療責任を医師に問え

馬場 意識の高い患者さんは、医者の言いなりにはなりませんが、日本全国でみるとそうでない人のほうが本当に多い。それで、そういう人たちのほうがひどい目にあっているのを目のあたりにすると、医者の立場として医療情報をもっとオープンにすることが一番大切だろうと思います。

近藤 そうですね。情報公開は、どんどんやっていかないとだめですね。

編集部 患者にしてみると、手術の可能性、放射線の可能性どいった具合にいろんな可能性を公平にジャッジしてほしいと思いますが。

馬場 残念ながらそういった広い視野に基づいて、治療を組み立てる医師はいないし、システムもありません。

近藤 いまの現状では、患者が自分で行動する以外には方法はないですね。

馬場 ところで、最初に近藤さんの論文を読ませていただいたとき、外科医に対して根強い不信感を持っていると感じました。その理由を考えてみると、外科医は手術が好きで、いろんながんに手を出しますが、手術によって生じる後遺症や再発した段階になって面倒を見られる医者は実に少ない。さんざん中途半端な治療をした挙げ句、手がっけられなくなると、最後の敗戦処理係として放射線科に患者さんを回してしまいます。近藤さんはそんな体験をずいぶんされたんじゃないかと思いますけど。

近藤 ええ。それはずいぶんありましたよ。

馬場 そういう患者さんを見ていれば、外科医のがん治療に対する姿勢に不信感を持たれるのはやむを得ない気がするんです。やはり外科医は、一度患者さんの体に手をつけたんだったら、それによって起こる責任を負うぞといった姿勢を身につけるべきですし、患者さんも治療責任を医者に問うような姿勢が絶対に必要だと思います。

近藤 それは、本当にそうですね。だけどあなた方のような外科医だったら僕も好きになれそうです。

一同 (笑)。

編集部 本日の座談会のように現場の医師の方々が本音でがん治療について話し合っていただくと、患者にとっても有意義なアドパイスになると思います。長時間にわたり、貴重な意見をいただき、本当にありがとうございました。



【抗ガン剤の効果の分類】

 近藤誠分類国立がんセンター研究所 西篠長宏氏分類
 治癒延命癌の部位治癒延命腫瘍
縮小
癌の部位
1急性白血病、悪性リンパ腫、
睾丸腫瘍、子宮絨毛腫瘍、
小児がん
急性リンバ性白血病、
多くの小児がん
2乳がん、
再発した第1グループのがん
O乳がん、肺小細胞がん、
卵巣がん、軟部腫瘍
3×進行した卵巣がん、
小細胞型の肺がん、
臓器転移がある乳がん
X胃がん、肺非小細胞がん、
頭頸部がん、子宮がん、
大腸がん
4××脳腫瘍、頭頸部がん、甲状腺がん、非小細胞型がん、食道がん、がん、がん、胆嚢がん、胆管がん、がん、結腸がん、直腸がん、副腎がん、がん、尿管がん、膀胱がん、前立腺がん、子宮頸がん、子宮体がん、卵巣がん、皮膚がん×××肝臓がん、膵臓がん、
甲状腺がん、腎がん
●西條氏の分類は、「毎日新聞」 1995年11月12日掲載の分類表よリ。
●著者は坑がん剤による腫瘍縮小の意義を認めないので表に項目がない。