近藤正二氏は東北大学の名誉教授で、1937年から1972年までの35年間、北は北海道の端から、南は沖縄の八重山群島に至るまで、全国津々浦々の市町村を990ヶ所も訪ね歩き、70歳以上の人が多くいる村を長寿村とし、若死にが多く満70歳を超える人の少ない所を短命村として、その土地の人々の食生活の現地調査を行われていました。その結果をまとめられたのが「日本の長寿村・短命村 ― 緑黄野菜・海藻・大豆の食習慣が決める」です。これは、この図書からの抜粋資料です。




日本の長寿村・短命村

近藤正二(著)


 食べものは、あれが悪いこれが駄目ということではなく、なにをどう食べるかという先人が築き上げてきた知恵があります。日本人はなぜ長寿国になったのかを近藤正二先生の著書から少し学んでみましょう。

 東北大学の名誉教授であった故人の近藤正二博士の著書に『日本の長寿村・短命村』があります。日本各地には長命者がたくさんいるところがあります。その一方で長命者の少ないところがある。近藤博士は、現地に足を運んで、なぜこの土地には長生きする人が多いのか、又この土地にはなぜ短命の人が多いのか、その原因を研究していきました。近藤博士は、北は北海道の端から南は沖縄の八重山群島のすみずみに至るまで全国津々浦々の市町村990ヶ町村の現地調査を行いました。博士は、長年、東北大学医学部で専門の衛生学を研究しているうちに、日本人の長生きの問題に目をつけ、「なぜ長寿村なのか、なぜ短命村なのか」、その研究は昭和2年ごろからはじまり、定年後も16年間、リュックを背負って全国を駆け巡る実地研究は、約40年間の長きにわたるものでした。

 近藤博士は、政府が発表する平均寿命ではなく、「長生きする人が多いのか、少ないのか」を問題にし、人はせめて70歳以上までは健康で生きてもらいたいという願いから、満70歳以上を超えると長生きとしました。そして70歳以上の人が多くいる村を長寿村とし、若死にが多く満70歳を超える人の少ないところを短命村としました。

 「そうした比較をして驚いたことに、日本はヨーロッパの文明国と比較して、70歳以上の人が半分しかいなかったのです」と述べています。

 近藤博士は「物事は机上で考えて結論を出してはなりません。実地に、実例を集めてみなければ結論を出してはいけない」と、36年間、全国くまなく、長生き村と短命村を訪ね歩き、実地にとらえて、一つの結論を得ました。

 それは・・・・・・「長生き村になったのも、短命村になったのも、一番の決め手になる原因は、若いころから、長い間、何十年という間、毎日続けてきた食生活にあります。一言でいうならばそういう結論です。これは私自身、食生活は関係ないとは思いませんでしたが、まさか決め手になる原因とは、私自身も予想していませんでした」と述べています。

 「短命食」とはどんな食事なのか、「長寿食」とはどんな食事なのか。『新版・日本の長寿村・短命村』の解説を書かれている萩原弘道氏は「(魚の切り身を含めて)肉食重視が長寿村になるのではなく、やはり、近藤正二先生の口述された長寿村への道こそが正しいことがよく理解されたのでした」「そして近藤先生のお話の内容は、昭和46年現在のお話ですが、長寿村・短命村は何が原因かという真理は当時も現在も変わりない」と述べています。

 この『新版・日本の長寿村・短命村』から、近藤先生の述べるポイントにいくつかを抜書きご紹介しながら、現代の食のあり方について考えてみたいと思います。



真っ白い一升メシを伝統とする村は短命

 近藤正二先生が40年間かけて全国行脚しながら実地調査した長寿と短命のお話の中から具体的な事例を学んでみましょう。
 「酒を飲むところは短命で、秋田県の人が日本一短命なのは、どぶろくを飲むからだ」などというので、特に酒を飲むという評判の村を調べたところ、むしろ短命村が少なかったのです。(たとえば高知県・足摺岬の村など、酒飲みの評判は高いが案外短命ではなかった)その影にはなにかがあるはずだと先入観を白紙に戻して、あらためて調べ始めたのです。
 「重労働のところは早く老化して長生きしない」ともいうので、労働過重だといわれる村を探して調べました。ところが相反して、むしろ長寿者の率が多かったのです。
 特に秋田県の米どころにあって、若いころから白いご飯を大食する村で、塩辛い大根やなすの味噌漬けなどをおかずとしているところでは、40歳ごろから脳溢血で倒れる。そうした村は農村でありながら畑を全然作らず、野菜さえ不足しています。真っ白いご飯を美味しく食べるには、塩気がないと大食できないのです。
 日本人の健康な命を支える米も、野菜を食べず、真っ白にしたご飯ばかりを大食することには、「江戸わずらい」で知られるように、大きな問題があります。全ての日本人が毎日白いご飯を食べるようになったのは、そんなに歴史の遠いことではありません。


畑を持たず、魚ばかり食べる漁村は短命

 同じ日本で、同じような地域でありながら、長命村と短命村がある。それが巷間に伝えられていることとは必ずしも一致しない。近藤博士は、現地に赴きどこまでも実地見聞によって事実を明らかにしていきました。
 新鮮な魚を食べられる漁村は、空気はきれいで長生きだろうといわれるが、そうは簡単にいかないようです。「畑をもたない北海道の漁村のように、魚ばかりたくさん食べて、野菜の食べ方がきわめて少ないところでは、動物性蛋白質を十分とっているから、身長がよく伸び体格は立派で体力もありますが、残念ながら魚ばかり大食してきた人は、40歳を過ぎると狭心症、心筋梗塞、心臓麻痺などの心臓の病で亡くなっているのです」。
 野菜や大豆を摂らずに、米と魚を大食する地域では、日本人の長生きの妨げとなってきたといえましょう。
 暖かく真っ白いご飯が食べられるようになってきて、おいしいからといって大食する。新鮮な刺身が旨いからといって毎日食べる。必ずしも玄米を食べよとは言わないが、精白し過ぎないがいい。動物性蛋白質は口に旨いがくれぐれも食べ過ぎないことだ。
 若い頃ラグビーをやり立派な体格の大食漢であった上司が40代前半、会議中に突然脳梗塞で倒れ帰らぬ人となった。若い頃に運動をやっていたという丈夫には、風邪をはじめいろんな病気に罹りやすく、薬を手放さないという虚弱な体質の人が案外多い。聞いてみると、大概は、食に原因がありそうだ。それにしてもよく食べること。


魚の切り身は短命、小魚は長命

 近藤先生は同じ魚を食べるにしても、どんな魚をどう食べるかで長命か短命かに分かれると述べている。
 「魚でも、切り身を食べるところと、小魚を食べるところでは、小魚の方が長生きする」と述べています。
石川県と福井県の県境にある塩屋村では、付近の漁村の中でも断然長生きが多く、漁村でありながら、小魚しか食べない長命村です。その理由が面白い。 塩屋村では「女が欲ばっていて夜明けに漁から男たちが帰ってくると、女が売れる魚を一匹も残らず朝市へ売りに出かけてしまうのです。そして買い手のない小魚だけを家に持って帰る習慣があるのです」。だから刺身や切り身を食べることがないという。
 最近のスーパーでは骨付き丸ごとの小魚を見ることは少なくなってきました。ほとんど売れないからです。こうした魚は大衆魚と呼ばれ、調理でも依頼されれば手間暇ばかりかかってお金にならないのです。それにウロコを落とすことも出来ない人が増えています。かりに、骨付き頭つき丸のまんまの小魚を塩焼きしても、もう子供ばかりでなく大人も上手に食べることができなくなっているこのごろです。子どもに魚の絵を描かせるとパックに入った切り身を描くというから笑い話にもならない悲劇です。
 刺身だのフライだの塩焼きだのといっても、それは大型魚の切り身で、部分食になります。しかも手頃な価格で売られている美味な魚の多くの魚は、もうほとんどが穀物や魚粉・家畜粉を混合した人口飼料で育てられ、抗生物質を与えられた養殖魚といっていいでしょう。頭から骨まで丸かじりできる小魚こそ、もっとも理にかなった命の食であるのに・・・・・・。


カツオの脂身ばかり食べて、野菜を食べず短命

 近藤博士の検証で、小魚を食べていれば短命から免れることがわかった。こうした実例は全国にあるという。ところが、「伊豆半島西海岸の田子は鰹節の産地で、鰹節にならない脂身の多い腹肉ばかり食べて、野菜をぜんぜん食べない。その結果、心臓が冒され、40、50歳で倒れる」という。
 養殖が盛んになって年中ブリトロが食べられる時代になった。年に何回も食べることの出来なかった高級魚が一般魚になった。回転寿司に行っても小さい子どもがたっぷり油の乗ったブリ、サワラ、マグロなどの寿司が大人気です。ご馳走漬けになっていることは、はてさていいことなのかどうか。
 健康な食べもののいただき方に「一物全体食」という原則があります。食べものの命まるごと全体を食べることです。穀類もできるだけ精製し過ぎないものを食べる。野菜もお魚もそうすることでバランスの取れた豊かな栄養が摂取できる。沖縄では豚のほとんどを活かして丸ごと食べています。


大豆製品を毎日欠かさない長寿村

 近藤先生は大豆を食べることが元気で長生きすることを検証しました。
「島根県の隠岐の島に行くと、70歳どころか80歳以上の人が沢山いる。しかも元気で野良に出て働いている」。
この島では、大豆で作ったもの、納豆とか豆腐とかをよく食べている。
 米の飯を大きな茶わんで、一度に4杯も食べる秋田の農村地帯では、「せめて60歳くらいまでは生きたい」という。そういいながらも、40歳くらいから男女とも脳卒中で倒れているのです。せめて60歳までを理想としている短命村と、80歳までまだまだ働く長寿村とでは、寿命に対する考え方も大違い」です。
 隠岐の島のような長生きの村の人は、大食ではないが、必ず毎日、魚を食べるか、魚の代わりに大豆製品を食べているのです。
「どんな形でもいいから、大豆製品を毎日食べておれば、必ずしも動物性のものを食べなくても、立派に健康で長生きができるということがわかったのです」と述べています。
 長寿学で有名な永山久夫先生や、京都大学大学院教授の家森幸生先生も、大豆を毎日食べることの大切さを教えています。
 大豆に含まれるレシチンは記憶の形勢に重要な役割を持ち、記憶力を高めて呆けを防ぐといいます。サポニンはコレステロールや脂肪を洗い流して肥満を予防し、大腸ガンを防ぐ。またイソフラボンはカルシウムの吸収と利用を高めて骨粗しょう症を防ぐ。さらに、ビタミンB1、ビタミンB2、ビタミンEを含み、豊富な繊維質、オリゴ糖、カリウムなどが脳や体の健康に大いに役立ってくれるということです。
 煎り豆にしておやつ代わりに毎日少しつまむのもいい。ご飯に入れて一緒に炊いても旨いものです。畑の肉といわれる長寿食の代表的な大豆を上手に食べましょう。


果物は、野菜の代わりをしない

 何が長寿と短命を分けているのか、全国を踏破して調べた近藤博士は、「長生き村の人が食べているのは多量の野菜です。野菜の食べ方が少ないところには、絶対に長生き村ではないということです」と明言しています。
 「果物を食べていれば、野菜など食べなくともよい」というのは間違いで、果物をどんなにたくさん食べても野菜をとらなければ長生きできません。津軽のりんご産地、静岡県のみかん産地などで、果物ばかり食べて野菜を食べない村はすべて短命でした。残念なことに、そうした果物作りの盛んなところでは、果樹園はあっても野菜畑は持っていません。農業を営みながら、果物を売って魚や肉をたくさん食べる果物の名産地が、全て短命村であったというのは皮肉です。
 最近では若い人たちが極限られた品数の軟らかい生野菜サラダを食べて、野菜を食べた気になっています。またこれ1本でとか、これをこれだけ食べることで野菜どれだけ分の繊維が摂取できます、などというのがありますが野菜は単なる繊維ではなく、生きた命です。四季折々の豊かな野菜を十分に食べているところが元気で長命であることを学ばねばならないと思います。
 美味しく 煮炊きした 野菜の素晴らしさを子供達にも。


海藻を常食する村は長寿

 ヒジキの煮たものがお好きですか。ワカメのおつゆや酢の物はよく召し上がりますか。長寿県の沖縄は日本でいちばん昆布の消費量が多いといいますが、昆布をどのように食べていますか。近藤正二先生は次ぎのように述べています。
 「どこで調べても、海藻を常食している人は、脳卒中にかかることが断然少ない」。秋田県・男鹿半島の旧戸賀村は、毎日のように海藻を食べる習慣があり、脳卒中で倒れることはないのに、その隣村は海藻を食べる習慣がなく脳卒中で短命である。このことは全国的にも裏付けされており、たまに食べるのでは効果がなく、「少量でもいいから毎日食べ続けることが大切」だと述べています。
 また家森幸雄先生は『やっぱりあった長寿の秘訣』の中で、「沖縄に次いで、日本で2番目に長寿の島根県隠岐の島の人が長生きできるのは、海藻を常食しているからだ」と述べています。先生は、この事実を確かめるために100%脳卒中になるネズミを使って実験。濃度1%の食塩水を与え続けたところ、1ヶ月後には全部が脳卒中になりました。ところが、食塩水に海藻の昆布の繊維を1割だけ混ぜて与えたところ、血圧の上昇が抑えられ、1か月たっても脳卒中の症状がでるネズミは一匹もいなかったといいます。
 そして、海藻の繊維には、有害なナトリウムを吸着して便とともに排泄する作用があるからだと。さらには余分なコレステロールや糖分、その他の有害物質をも吸着して腸から早く出してくれる。「長寿食は、ふだんの積み重ねが大切ですから、海草類や食物繊維の多い野菜類を豊富に積極的に摂ることをおすすめします」と述べています。


志摩の海女が長生きなわけ

 同じ海女としてのお仕事をされている中にも長命と短命があることを近藤正二先生は述べています。普段どんな食生活をしているかによってこんなに違いのあるものであるならば、食はやはり心して選ぶべきでしょう。
 海女の発祥地といわれる三重県の国崎の海女は皆長命だといいます。海女は朝5時頃から野良着姿で畑に出て芋や野菜を作り、9時過ぎには海女の装束になって海岸に出て行きます。海に潜る作業は3時頃切り上げ、今度はまた野良着に着替えて暗くなるまで畑仕事に精を出し、夕食の支度、後始末をいっさいを自分でやるそうです。
 近藤博士は、「私は1ヶ月間この村に滞在して、海女といっしょに浜に出かけ、海から上がってくるとつかまえていろいろ話を聞き、夜まで行動を共にしました。みんな70歳以上のおばあさんで、最高が78歳でした。この人はグループの先頭に立って働いています」
 「朝、何時どこそこに集まれとマイク放送します。そこへ出かける彼女たちは実に元気がいいのです。大きい笑い声を立てて楽しくて仕方がないというふうです」
 「これには考えさせられました。それは秋田の短命村に行った時、おばあさんたちは、みんな “ああ、今日も重いものを背負って歩かねばならんなァ・・・” と愚痴をこぼしながら仕事に出かけるのを思い出して、ここはまるで反対だなぁと思い、すっかり志摩の海女に魅せられてしまいました」と述べています。
 この人たちの食生活は、お米が取れないのでサツマイモと麦を主食にし、大豆やゴマを たくさん作り、野菜もあらゆるものを作って食べている。海の幸の魚はむろん海藻も食べている。
 博士が「何が好きか」と聞くと、「甘い菓子が食べたい」と言う。そこで菓子をたくさん買っていってすすめると、1つ口に入れて「あぁ、おいしい」と言うが2つ、3つとは食べる人はいない。遠慮しているのかと思って「さぁ、さぁ」とすすめても「実はのどから手が出るように欲しいけれども、食べると水に潜ったときにおなかが苦しい」と言うのです。
 また人参を食べるかを聞いてみると、10人が10人食べるという。好き嫌いのある野菜なので聞いて見ると、「実は好きではないが、海に潜ってあわびをとる時に、人参を食べていると力が入るから」という返事であった。
 同じ海女の村でも、伊勢湾に浮かぶ神島の海女はあまり長生きしないが、これは野菜を作っていないので、野菜不足になっているのだそうです。


三重県南島町は平家部落で長命

 長寿村には長寿になるわけ、短命村には短命になるわけがあります。近藤正二博士は長寿と短命になる岐かれ道を次のように述べています。
 三重県南島町はたいへんな僻地で、ここに平家の落人が亡命上陸して、8つの部落を作って住んできましたが、この平家部落は実に長命村なのです。人々が「魚はときどき買って食べます」というので、「目の前の海にいつでもいるじゃありませんか」というと、「私たちは絶対とらないのです」という。
 800年の昔上陸した時、先住漁民との間で、「決して魚を一匹もとらないから」という約束ごとで、この海岸に住むことを許されたため、今でもそれを守り続けているのです。
 この純粋の平家の子孫には共通した食生活パターンがあり、畑を作り、芋や青い野菜を作って自給して、海藻を常食し、70歳以上の長寿者が多くいます。博士は、「漁村で短命というのは、野菜不足です」と述べている。そして、「土地の習慣や伝統が食生活を左右し、それが長寿と短命の岐かれ道になるのです」と述べています。
 家森幸男先生は「カリウムが成人病予防のカギを握っている」と言います。野菜や果物に多く含まれるカリウムが豊富な食物繊維とともに摂取過剰が心配されるナトリウムを排泄し高血圧などから守ってくれます。私は日本のよい農業良い農産物が広まることを願います。それには食べる人、選ぶ人の意識がもっと変ることが大切だと思うのです。


男女の長寿者率が同じ岡山県公文村

 女性に比べて男性が短命であるのは、どうも男の横暴と言うかわがままにあるらしい。
近藤博士は次のように述べています。
 いつの国勢調査でも高齢者の比率が男女とも同じくらいの比率であるという岡山県の公文村。女性のほうに長寿者が多いのが普通なのに、この村だけが男女同率の秘密はどこにあるのだろうか。
 これは、この村の人の言によれば、「食事はすべて女にまかせてあります。その女が作ってくれたものを、男が好き嫌いで残すという法はないでしょう」ということになっている。
 「普通、男がご馳走を食べて野菜を残す人が多い。女は好き嫌いを言わずに野菜を食べる傾向が多い。ところが男が女と同じものを食べていれば、長寿者率が同率になることを立証したと思います」と博士は述べている。長生きする比率の男女差は、この辺りにあるのではないだろうか。
 禅寺などの高僧に長寿者が多かったというのは僧侶が摂取する普段の食に要因があったのではないだろうか。


男が野菜を食べると笑われる、そして短命

 近藤博士が全国行脚で実地調査した当時、石川県の金野村、小松町、寿井野町、久常村などでは、男の長寿者率が極端に低い。「野菜は女の食べるもの。男が野菜を食べると笑われるから食べられない」という。
 反対に、女に好き嫌いがあったらお嫁にもらいてがない、ということで、女の子は小さい頃から好き嫌いしないようにしつけられ、何でも食べる。そして、女性は長寿である。
 「男が野菜を食べると笑われる」などがあったかどうか知らないが、豆や芋、南京などというものは女の食べるものであって、男が野菜を好きだといい「旨い旨い」と食べるようだったら、やはり女々しい奴だと見られる気風がなかったとは言えない。
 すき焼きを食っても、肉は旦那様や男の子に「どうぞどうぞ」とすすめて、女性は野菜ばかりを食べている。食卓で残されるのはいつも野菜。 女の子は幼少から母親とともに 野菜を食べさせられ、有無を言わさず好き嫌いしないように躾けられるのである。


女を働かせない短命村

 長寿村の多い志摩半島でも、尾鷲湾沿岸の桂城、須賀利といった短命村があり、そこには畑をいっこうに見かけない。女性を働かせると主人は甲斐性がないと笑われるので女を畑仕事などで働かせないのです。魚介類はたくさん食べるが、畑がなく野菜を買って食べる習慣もないのです。魚は十分食べていますから子どもの背丈は高いのですが、全体に若死にとなっているのでした。
 日本は小さな島国ですが、温暖湿潤な気候風土とメリハリのある四季がもたらす恵みには計り知れないものがあります。実に多種多様な多くの植物が繁茂します。最近、家庭菜園をされる方が多くなってきていますが。多くの欲さえかかなければ、少しの空地にでも種を撒き、苗を植え、少し世話をするだけで、誰にでも美味しい自然の恵みを手にすることができます。家庭菜園は、食べものに命を感じ、命をいただく感謝と喜びを知って、いやでも健康長寿食に導いてくれることでしょう。
 「身土不二」「旬産旬消」は健康長寿の原則。身近に出来た野菜、その季節にできた豊富な採れたて野菜を食べることこそ大切にして行きたいものです。


米づくりの部落を除いて長寿の沖永良部島

 近藤博士は沖永良部島でも長寿食を確認できました。
 奄美半島と沖縄本島の間にある沖永良部島。96歳というのに村の共同作業場へ働きに出ているおばあさんは、「海藻は若い頃から好きで、毎日食べてきました。魚や豚肉も好きで、お茶は少ししか飲みません、野菜も好きで、結局なんでも好きなわけです。病気したことがなく、今でも芭蕉布を織る工場へ毎日仕事に出るのです」と語りながら、大好物の焼酎をコップに注ぎ黒砂糖を入れて2合ほど飲むというのです。国頭では米は一粒も食べていない。芋、大豆をよく食べる。沖永良部島では、後蘭部落以外に水田がない。大豆をよく作りました。そのために雑穀を主に小魚、海藻を食べて長命なのです。
 口に美味しい真っ白なご飯やパン、脂肪たっぷりのお肉や魚、過剰な動物性蛋白質、甘い加工食品などの摂取が、実はどんなにか私たちの体に負担をかけていることでしょう。私たちの普段の食事が、健康長寿者のそれと比べていかに贅沢な美食であり、危険なものであるかを顧みる必要があるように思えてなりません。その中でも一番気をつけなければならないことは、すでに重労働から解放された現代人が、朝早くから晩遅くまで一日中体を酷使して働いた昔の人以上に過分の栄養を摂取している「食べすぎ」であると私は思うのです。


八重山群島の竹富島は長生き村

 八重山群島の竹富島、近藤博士はここでも健康長寿食が確認できました。近藤博士は「海に囲まれた島々なのに、漁業はいたって少なく、むしろ農村です。豆腐を自家製造してよく食べる習慣の島もある。竹富島では老人達が健康でよく働き、80歳、90歳の老人が畑仕事をしている。作物は豆類が多い。米は全然作っていない。さつまいもが主食で、それにアワ、ヒエを食べている。野菜はニンジン、ダイコンもよく食べる。そして魚は小魚程度で海藻をよく食べるという長寿村です」と述べています。
 普段の食事に、豆類をはじめ穀類、芋類、野菜、海藻、小魚を家庭でどのように美味しく料理して食べるか。食事も料理も完成されたものを外からお金で買ってくるようになった今日、一見それは豊かで便利なように見えますが、その実態たるや安全安心・健康長寿とはほど遠いもののように思われてなりません。家庭における料理の知恵が崩壊しないように祈るばかりです。


米処で長寿村の鳥取県高麗村

 鳥取県の大山のふもとに位置する高麗村(今の大山町)は、米処なのに米は殆んど食べない長生き村です。近藤博士の質問に答えて、村の人々は「決まった日には食べますが、へいぜいはお米のご飯は食べていません。米は売るために作っているのです。自分たちが食べるために作っているのではありません」と答えているのです。そして主食はさつまいもと麦で、野菜、大豆、海藻をよく食べているのでした。周りの村はいつも白米を食べているのに、この村だけは何月何日何の日と、一年のうち10日位しかない決められたその日だけ米を食べるが、それ以外は米を食べないというしきたりがあるのです。
 これは、明治時代半ばに10年以上も村長をやった諸遊弥九郎という人が「近ごろは村民が皆ぜいたくになってきている。そして米がたくさんあるからと、今まで昔から麦を食べてきた人達までが、お米ばかり食べるようになってきた。わが高麗村だけは、そういうぜいたくなまねをしてはならぬ。米はたくさんあっても売りものとし、村民は麦と芋を主食にせよ。そのかわり、一年のうち次にかかげる日だけは米のご飯を食べてよろしい」と指導した。高麗村の長寿は、その賜なのだそうです。
 当時では真っ白いご飯は最高の美食であったわけです。美味しいものを口にするとそればっかり大食いするようになり、他の物はあまり食べないようになります。そこに食べものの偏り、栄養の偏りがおこります。


藍産地だった米処の長命村

 昔から染料の藍の特産地、四国吉野川流域の藍園村。学嶋村は米処で藍の産地、有名な米処なのに長生きの人が多い。ところが、米は昔から売り物ということになっています。長命である秘密は、米処でありながらも畑もあり、大豆を豊富に作っているし、野菜も作っている。
 村の人たちは、米を食べずにシイナ米か砕け米など売れないものを食べ、大豆、野菜、そして、海藻を常に食べている。南の海岸の人々が米を買いにきて、物々交換で干し魚や海藻で支払って行くので、どこの家にもあるという。
 何をどのように食べるところが健やかに長寿であるかの共通点が明らかになってきました。


長生きしない藍の豪商たち

 ところが藍商の生活は他の村人たちと全く違う。「阿波の藍商人は昔の豪商のような家に住んでいます。食事は海藻などは食べませんし、麦や芋なんかも食べませんから、長生き村の中にあって村の人たちと全く違った食生活をしているから、藍商の家に長生きの人はいないのです」。
 福岡に住む藍商出身の方が「藍商の家だけは、お米をたくさん食べるだけではなく、方々からご馳走を取り寄せて毎日美食です。それはぜいたくなものでした。私は18歳のときから久留米に出てきて、ぜいたくな食事はしなかった。 だから70歳まで生きられた」と語っている。


一寸二分の米を食べる輪島の海女は短命

 志摩の海女は長命であるのに、能登半島・輪島の海女は対照的に短命です。彼女達は、毎年夏を中心に5ヶ月は沖合にある舳倉島で作業をしています。輪島の海女は魚と白米を多食し、野菜の摂り方が少ないのです。身近に野菜はたくさんあるのですが、余り食べようとはしません。海女に聞いて見ると「私らは世間が食べているような、あんな黒い米は食べません。一寸二分の米ですよ」という。『一寸二分』というのは配給の米をもう一度つき直した超白米のことだという。『一寸二分づきの白米』をたらふく食べ、魚を多食し、そのうえ肉もたくさん食べます。
そして、そのことを彼女たちは・・・
 「私たちは女でありながら、男以上の厳しい労働をしています。せめて陸に上がってきた時くらいは真白い米を食べ、島では食べられない肉を腹いっぱい食べたいのです」という。
 「気持ちはわかるがそういう食生活をしているがために長生きができないのですよ」といったら、皆ビックリして、「今までそんな話は聞いたことがない」という。
 同じ海女でも、食生活が違うと寿命の差がはっきり出てくるのです。


カボチャを食べない西米良村は短命

 サツマイモやカボチャは大方の女性にとって大好物ですが、これが男性と女性の寿命の差になっているのかもしれませんね。近藤博士に調査によると、「西米良村は、宮崎県の山奥の平家の落人部落で、同じく落人村の周囲の村よりも短命。この村だけが昔から “カボチャを絶対に植えてはいけない。その家の身上がつぶれる” と言われている」。
 カボチャを植えると身上がつぶれる、などと言われたのはどういうわけなのかわかりませんが、カボチャにはカロチンやビタミンCをはじめビタミン類を豊富に含む健康・美容食品。16世紀にポルトガル人によって日本に伝えられ、カンボジア産の瓜と紹介されたため、南瓜かぼちゃの名がついたとか。


野菜をたくさん食べ、海藻を常食するところは長命

 近藤博士は、「 魚、肉を大食することが心臓疾患を引き起こす大きな原因となっているが、島の海女のように、たとえ魚を食べていても野菜多食の習慣があれば長生きは可能なのです」と述べ、さらに続いて次のような野菜や海藻を食べることの重要性を説いています。
 「長命村の調査をした結果、長寿者は、魚か大豆を常食にし、野菜をたくさん食べているところです。言いかえれば、このような食事をしていないところには、長寿者は少ないということになります」
 「80歳以上で、今でも元気に働いている健康長寿者に話を聞くと、若いときから魚を大食してきたとか、白米を大食してきたというような人はおりません。逆に言い合わせたように野菜類をよく食べてきたといいます」
 「また、海藻を常食にしてきたところは断然脳卒中が少なく、一番興味ある実例が短命村に囲まれた秋田県牡鹿半島の突端の戸賀村でした。ここは秋田県で海藻を常食してきた ただ一つの村で、過去何十年のあいだ戸籍を調べても脳卒中で死ぬ人がほとんどいないのです」。


北海道、奥尻島の長生き部落

 北海道江指町の沖に奥尻島があり、そこに10の部落があるが、球浦という部落だけが長生きの部落である。この島はニシン漁の漁師と集団花嫁として能登からきた娘たちによって村が作られた。
 この集団花嫁のうち、5人ぐらいが球浦部落に嫁ぎました。最初にやらされたのが山林を切り開いて畑を作る作業で、他の部落には畑がないので、この部落にきた花嫁たちは、つらい仕事に泣き暮らしたという。
 球浦の人達は、この畑で作った野菜を食べて、奥尻島の10の部落のうちでただ一つ長生き部落になったのです。他の9つの部落には畑がなく、魚の大食で早死したのです。
 近藤博士は、「このことから、動物性蛋白質の過食は避けねばならぬことであり、かわりに植物性蛋白質、つまり大豆製品を常食したいものです。子どもには動物性蛋白質は必要ですが、その過食はつつしむべきで、大人になったら植物性蛋白に移すべきでしょう」と述べています。


豆腐で長生きの有芸村

 ほとんど動物性蛋白を摂らず、植物性蛋白だけで長生きしている村が岩手県にあります。今は岩泉町に合併された有芸村です。海抜400の高地にある村で、山の魚だといって、豆腐をたくさん食べています。自分の家で作って毎日食べているのです。本物の魚は年に3、4回しか食べません。主食はヒエで、大根葉を生野菜のように食べていました。


毎日海藻を食べる長野の七二会村

 長野市の善光寺の西山地方にある七二会村の人たちは「毎日、ここでは海藻を欠かしません」という。名産の西山大豆と物々交換のために、新潟の海岸から海藻や塩魚・干し魚が運ばれてくるのです。
 西山地方の長生きの原因は、大豆をよく食べ、日本海の海藻を毎日食べることにあったのです。


6杯の味噌汁を飲む鳴沢村

 山梨県鳴沢村は富士山麓で海抜1000メートルの高地です。トウモロコシを主食としてきた村です。動物性の食品は煮干以外ほとんど食べないのに、山梨県の中でもすぐれた長寿村です。
 しかし甲州きっての大豆の名産地で、豆の多い塩気の少ない味噌を造って、3度の食時に必ず食べるのです。味噌汁の中に野菜をたくさん入れ、何杯も飲みます。一回に味噌汁6杯がきまりだという。「大豆製品である味噌をたくさん食べると、動物性食品を食べなくても健康長寿村になることがよくわかった」と近藤博士は述べています。


人参を食べる長寿村と、食べない短命村

 近藤博士は、「ニンジン、カボチャをよく食べるところと食べないところでは、隣どうしの村であっても長寿者率に非常な差が出ることがわかってきました。野菜を食べる時には、ニンジン、カボチャをその中に忘れずに入れて欲しいものだと思います」と述べています。
 岩手県の水沢に近い真城村と南都田村は米処で有名ですが、岩手県下一番の短命村になっている。畑が全然ないといっていいほどないのです。ニンジンなど全く食べずに短命村になっているのです。
 その中で真城村の「安久戸」部落だけが一つポツンと長命なのです。この部落だけはニンジンを昔から作っていて、欠かしたことがないというのです。


若死にするハワイの2世、3世

 近藤博士が国際学会に出席のため、ハワイにおもむいた時、会議が終わった翌日に、ある県人会の会長さんより、「二世が相次いで早死するのです。70歳、80歳になる両親が元気で仕事をしているのに、40歳を越したばかりの子供たちが先に死ぬので困っている。調べてもらいたい」という依頼を受けたのです。
 調べてみると、一世二世は同じテーブルで食事をするのだが、一世は肉をあまり食べないで野菜や海藻、豆腐などを食べているのに、若い二世たちは肉ばかり食べて一世の食べるものをいっこうに食べようとしないのです。
 彼らは40歳を過ぎると心臓を冒されて、親よりも早く死んでいくことが分かったのでした。
 一世が一般に身体が小さいのは、多くは貧農の子供だったので、肉や魚はあまり食べなかったためであり、2世3世のような食生活は、体格が大きくなっても長生きができないのです。
 肉、魚を食べてもいいが、大食することなく、野菜、大豆、海藻も十分とれば、体格もよく長生きできるようになります。