元記事は「
2012年の黙示録」です。

 「
わが身に危険が迫ってもこれだけは伝えたい日本の真相!」の中の【情報コントロール情報操作】に関する内容です。私たち民間人がメディアを通して知る情報は、どれも情報コントロールされています。メディアが流す情報というものは、残念ながら真実などは皆無に近いです。私たちが世間で知る情報とは、権力にとって「都合のいい情報」に歪められているのが実態です。日本においては、このような事実を知る人がまだまだ少ないのが現状です。これらの情報操作は、国事、経済、産業、医療など多岐に及び、挙げればきりがありません。著者「船瀬俊介」さんの実地における生々しい話なので、ここに書かれている内容は実に現実味があります。

 最後になわさんの一言があります。なわさんはこのような内容に非常に精通しており、ご自身のサイトにて、これに類する多くの資料を紹介されており、より詳しく解説されています。気になられる方は「
2012年の黙示録」を色々と探索されてみてください!

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わが身に危険が迫っても これだけは伝えたい
日本の真相

船瀬俊介(著) 成甲書房  2013年刊



真実を伝える、という決意 
はじめに


 「世の中、めあき千人、めくら千人、残りの8千人はバカである。市場とは、このバカによって構成される。」
 これは某広告代理店の社長が言い放った言葉。まさに、顧客をバカとして見下し、卑下しきっている。
 20歳頃のわたしは、この一文を読み休中の血が逆流する思いがした。文字通り、怒りで身が震える思いがした。
 この放言こそが、わたしが20代で消費者運動に身を投じるきっかけを作ったのだ。
 さらに、次のような言葉がある。
 「もっと、使わせろ。もっと、捨てさせろ・・・・・・」
 これは大手広告代理店・電通が、かつて社員を鼓舞するために掲げた “社訓” である。
 それは「戦略十訓」として、電通マンにたたき込まれていた。
 「十訓」は、以下のように続く。
 「・・・・・・ 無駄づかいさせろ。季節を忘れさせろ。贈り物をさせろ。組み合わせで買わせろ。
  きっかけを投じろ。流行遅れにさせろ。気安く買わせろ。混乱をつくり出せ」
 なるほど。まさに、消費者をバカにしきっている。
 これでは顧客というより、家畜なみのあつかいだ。かれらは、われわれを、初めからお客様などとは、いっさい考えていない。それどころか、まともな人間としてすら見ていない。それは、鞭で羊の群れを追い立てる羊飼いのようなものだ。むろん、無知なる羊は、われわれ消費者大衆というわけだ。
(中略)

 わたしは25歳で日本消費者連盟に専従スタッフとして参加した。
 『消費者リポート』の編集、単行本の執筆、苦情相談などが主たる任務となった。運動のたびに記者会見も頻繁に開き、同世代の記者たちとも知り合った。若きかれらとよく飲んだ。おおいに談笑した。
 ところが、かれらの輝く瞳は、時とともに、しだいに曇ってきた。
 「お前はいいな。ほんとうのことが書けて・・・・・・」。ある友は盃を手にポツリともらした。
 ある先輩記者は「化学調味料は幼い子どもには控えましょう」と書いただけで、閑職に6年も飛ばされた。WHO(世界保健機関)ですら勧告している「ほんとうのこと」を書いただけなのに・・・・・・。デスクからは「広告部の苦労をかんがえろ!」とどなりつけられた。あきらかに大広告主A社の圧力だった。久しぶりに職場復帰したかれは、白髪となり、なんども心臓発作で倒れたという。
 ある通信社の友は居酒屋で号泣した。
 「わが社は、腐ってます」
 ある大手経済紙の後輩は「ボクらはジャーナリストなんかじゃありません」と唇をかみしめた。「スポンサーにかかわることは1行1字、書けません。言えません」。かれはその後、鬱病で1年以上、休職した。
 私はマスメディアが「ほんとうのこと」を伝えていないことを確信した。

 確信が、強固たる信念に変わったのは、9・11事件からだ。
 米軍部(
ネオコン)が、新しい仮想敵をでっちあげるため自作自演した、歴史上類を見ない空前絶後の巨大陰謀・・・・・・。「象が歩いた跡のようだ」と形容されるほど具体的証拠は山のように残されている。
 それなのに世界のメディアは、この自作自演劇の真実をいまだ伝えない。いや、伝えることができない。
 わたしは、世界のマスメディアですら “見えざる巨大な力” に完璧に支配されていることを知った。9・11は、わたしにとって決定的な反面牧師となった。
 
 今日もメディアは、皮層の情報しか流さない。深層は永遠に闇の奥に隠蔽される。
 それどころか虚報が “真実” の衣をまとって、垂れ流される。
 テレビも新聞も、教育ですら、マインドコントロール装置と化してしまった。
 しかし、おそらく99%の人びとは、この戦慄の事実に気づいてすらいない。
 だから、わたしは決意した。
 メディアのタブーひとつひとつを、堀り起こし、伝えていく作業にとりかかることを ――。



支配された「教育」と「マスコミ」

 人間は〈情報〉の動物である。
 よって〈情報〉をコントロールすれば、自在に人間も支配できる。
 人間が情報を得る大きな手段が2つある。「教育」と「マスコミ」である。
 だから「教育」と「マスコミ」を支配すれば、その国の大衆を自由自在に支配、コントロールすることは可能なのだ。政治権力を握った者は、これら2つの支配に全力をそそぐ。
 これは、巨大メジャー企業にとっても同じだ。
 「教育」と「マスコミ」を支配することで、大衆の欲望を支配することができる。
 “欲望の支配” とは、すなわち “市場の支配” である。
 ここにおいて政治権力と巨大メジャーの思惑は一致する。さらに巨大メジャーは、さまざまな影響力で国家の政治権力をも支配している。
 こうして「教育」と「マスコミ」は、権力と資本により支配されるのだ。



〈情報帝国主義〉の柵を飛び越えよ

 現代は “高度情報化社会” といわれる。だがこれは、噓八百である。
 “かれら” 政治権力と巨大メジャーによる「教育」と「マスコミ」の支配は実に巧妙かつ狡猾なので、素朴な庶民大衆はまったくその支配に気づかない。
 こういった情報支配は、次のように行なわれている。大衆が知っておくべき真実は “隠蔽” する。それだけではない。同時に、大衆を誘導する偽情報を広く流布するのだ。その悪質な情報支配は地球規模で行なわれている。

 わたしは、これを〈情報帝国主義〉と呼ぶことにした。
 かつての帝国主義は〈武力帝国主義〉であった。しかし、テレビやインターネットの普及した現在、かつてのように露骨な武力行使は世界大衆の反発を招いてしまう。
 そこで、“かれら” は武力ではなく、情報による人類支配にシフトしたのだ。
 その目論見は、すでに貫徹されている。現代の地球人類は、操作された〈情報〉という柵の中で飼われている “家畜” なのである。柵を飛び越えて、自由の天地に生きよ!と言いたい。
 そこには、人間にとって、真の安全があり、真の尊厳がある。



           わが身に危険が迫ってもこれだけは伝えたい日本の真相!

           どれほど脅迫されても書かずには死ねない 日本の真相! 2



 


 ★「なわ ふみひと」のひとくち解説

 著者がこの本で述べているように、今日、マスコミも教育界も完全に “ある勢力” のコントロール下に置かれています。が、残念ながらテレビや新聞から情報を受け取っている大半の国民は、自分たちが情報操作されているという現実に気づくことはありません。マスコミはお金(広告収入)で買収される企業です。いくら正義感に基づいて記事を書く記者がいたとしても、その記者の書いた記事がそのまま紙面に載ることはありません。スポンサーである企業や団体の悪口を書くことは許されないのです。
 どうしても言うことを聞かない記者は、数年前に自殺した読売の記者のように、最後は見せしめのために、自分のマンションの玄関先で口に靴下を詰め込まれた状態で後ろ手に縛られ、死体で発見されることになるのです。もちろん、そのような死に方をしていても、警察はあっさりと「自殺」として処理します。次からは、「そんなところを嗅ぎ回っていると、あの読売の記者みたいになりますよ」という一言で、記者はペンを折るしかなくなるのです。
 朝日のある論説委員は、社説で「りそな問題」を書いた翌朝、死体となって海に浮かんでいましたが、やはり自殺として処理されました。これも見せしめでしょう。
 このように、もしマスコミが真実を報道しようとしても、肝心の黒幕のことは書けない構造ができあがっているのです。逆に、偽の情報は必要以上に繰り返し報道させられることになります。そのようなマスコミ界の実情を知った上で、マスコミの報道を鵜呑みにせず、その裏にある意図について思いを巡らしながら情報を精査する癖をつけたいものです。

 ちょっとお遊びであなたの洗脳度をチェックしてみます。次のいくつかを信じている人は、マスコミに情報操作されやすい人と思って間違いないでしょう。

   地球は温暖化しており、その原因は二酸化炭素である。
   世界の国々は二酸化炭素の排出抑止に努力している。
   温暖化のため北極の氷が溶けて、水面が上昇しつつある。
   原発を稼働させないと日本の電力は足りない。
   政治家や政党を変えることによって日本の政治は変えられる。

 ・・・・・・ などなどです。

 これらはマスコミがつくり出した噓なのです。その裏にいるスポンサーは様々ですが、最終的には、世界を操る巨大権力に行き着くことになるのです。それが「サタンのシナリオ」と呼ぶべきもので、その現実については、当サイトの「なわのつぶや記」で綴ってまいります。