どうして塩を探し続けてきたのか、塩探しのはじまり  【「有気っ子倶楽部」より 】


私はこの十年来、「塩・シオ・しお」と叫び続けてきました

 昭和47年以来の糖尿病患者でした。約30年になります。平成2年に糖尿病性網膜症、いのちも危ないと診断されました。呆然自失、この世の終わりです。残された日々をどう意義の有る使い方をすれば良いのかと思い、大阪で開かれた「花と緑の万博」のシンボルタワー「生命の大樹・いのちの塔」の館長をひき受けました。毎日が充実した仕事でした。そこで知り合った堂野夢水氏(水墨画家)にすすめられ「浪花の赤ヒゲ」先生こと「三木一郎」先生に出会ったのが、私の大転換のはじまりでした。

 「塩が足りまへんな」

 一日8g以下、きちんと守ってきました。

 「それが原因や。一日気いつけて25g らなあきまへん。」

 ギョッ!!! 塩摂りすぎたら高血圧になって、脳卒中で死んでしまうと言われました。
 ここ20年守ってきました。 25gなんて・・・・・・。

 「塩は人間のいのちのもとでっせ。塩摂らなんだら死にまっせ。
  1リットルの水に5gの塩を入れてジャンジャン飲みなはれ。それだけでも血糖値は下がりまっせ。
  1日5リットルの塩水!!」


 水をそんなに飲むのですか??????

 「体の中を塩水で洗い流すわけや。『体液』いうのを知っとりますやろ。
  人体の『体液』に含まれる塩分は 0.9% でっせ。
  海の 3% の1/3、これなければ人間生きていけまへん。
  0.9% は古代の海水の濃度ですわ。塩分が増えて海の中で生活でけん生物が地上に逃げたのでっせ。
  人間は海に戻れなくなった生物の子孫や。古代の海がそのまんま人間の体に残っとるのや。
  約2/3の人体の海に 0.9% の塩分がなけりゃ人間は生きていけんのですわ。」




塩は塩でも、自然海塩

 私は塩についてまったく何も考えていませんでした。塩は昔から私たちの生活のそばに居て、最近「いのちの大敵、摂ってはいけない」ものになっていたのです。頭から「塩の摂りすぎはいのちを縮める」と思い込んでいました。
 「塩を一日25g摂らなんだら、早く死にまっせ !!」は、まさに青天の霹靂でした。
 
 私のいう塩は、あの塩(食塩とも精製塩ともいわれるもの)ではありません。
 天然の塩や。 海そっくりそのまんま塩にしたもの。
 残念ながら、これは今の日本にはない。あったとしても、1kgで1万円以上するやろう。そこで百歩ゆずって、輸入加工塩や。ベスト、ベターやないが、無いよりましだ。
 (当時の代表的な物として「伯方の塩」がありました

 その後、水・塩・油を中心とした食生活に切り換え、一日一万歩を越す生活に私の体力、気力はメキメキ回復してきました。そして今年70歳になります。死から生還して約10年。私にできる仕事を今進めています。

 お塩のことを勉強すればするほど驚きました。お医者さんも、保健所も、栄養士さんも、調理師さんも、「減塩」は薦めても「ナゼお塩がいけないのか?」「そもそも、お塩とは何か?」ということを考えた事もない、ということでした。これはアメリカ人でもイギリス人でも同じでした。特にヨーロッパやアメリカには、昔から「塩」が岩塩という形で存在していました。それを「塩」と呼び使ってきたのです。はじめから塩があったのです。

 日本には岩塩はなかった。外国に比べて日本では古代から岩塩は手に入らなかったのです。
 とすればどうしたか? 古代人は海から塩を作ったのです。
 数千年前の縄文人の遺跡から塩を作った壷やカメが出土しています。日本人は日本人に適した天然の塩をつくり続けてきたのです。海そっくりそのまんま塩にできる工夫を続けてきたのです。

 「塩とはこんなおいしいものだったのか」。
 食べ物と一体になる事で美味なものに変化する。体がイキイキとする。
 塩が足りないと心が暗くなる。
 ・・・・ 塩を中心にした暮らしが生死を左右することを体験的に知ってきたのです。

 塩化ナトリウムのお塩はショッパイだけです。舌先をツンとタテに抜ける感じです。
 私たちの先祖が作ってきた塩は、甘味がジワッときます。苦味も、塩味も、辛味さえあります。
 複雑な、えもいわれない味わいがあります。
 肉は肉らしく、魚は魚らしく、野菜も果物も、それぞれ「これが私の味だ!!」と主張しているではありませんか。